みんなに訪れる事
大きな音とともに何かが燃えていた。周囲の野次馬達に混ざってあたしもそれを見に行く。大きな事故。バスと、居眠りタンクローリー車の正面衝突で、私が乗っていたはずのバスだった。だんだん人が増えてきて身動きができなくなる前に家に帰ろうと、あたしは人込みを抜け出した。自分が見たものが信じられない気持ちで家に帰った。部屋に戻ってベッドに倒れこむと、泥のように眠った。だから、深夜家族が大騒ぎしているのが聞こえなかった。
変にざわざわするので起きてしまい、安住の地から起き上がると階下に降りる。なぜか家中に重苦しい空気が漂ってる。
「ねえみんな…」
ふと見上げた棚の上に私の遺影が飾られていた。
「……」
何も言う事などできない瞬間があるなら、まさにその瞬間だと思う。何か見間違えたのかと思ったけど、どうもそうじゃないらしい。夕べ見たことが鮮明に思い出される。爆発炎上する車体の中に私の姿を見たんだ。それは疲れ過ぎの幻影だと思ったけど…。
誰に声をかけても返事をしてくれない。なんとなく自分の部屋に戻ってきてみた。私はここに存在していない。そんな事ってありうるのかな。使いなれた椅子に座ってなんとなく字を書いてみようと思った。でも書けない。ペンが持てないんだ。そしてやっと自分が存在していない事を、頭の奥からわかった気がした。
窓から外に目を向けると友達が来ていた。弔問客にまぎれて、恋人の姿を見つけた。だからあたしは無意識のうちに、彼の後ろから思いっきり抱きついてやろうとしたんだ。二階の窓から無造作に飛び出し、当然の事ながら怪我なんかしないけど、そんな事には頭がまわらない。二人だけの時間にしかできなかった事をすれば、もしかしたら彼は、彼なら気がついてくれるなんて、あたしも甘い事考えたんだね、正直に言って。だけど。
名前を呼びながらいつものように抱きついてみたけど、いつもは飄々として自分の感情を明かさなかった彼の顔が、なんとも形容しがたい、あえて言ってみれば痛そうな顔だったのね。どうしたのって聞く前に、彼が何かつぶやくのを聞いたんだ。はっきりとは聞こえなかったけど、あたしの心を痛くさせた。かなしいとか、さみしいとか、そんなレベルの感情じゃなかったんだ。あたしにそれをあらわせといったら、痛いとしか表現できないような。彼は何事もなかったようにあたしの家の中に入っていった。あたしは手を振り解いたつもりはなかったんだけど、もうそれは拘束するという役割を担っていなかった。
そのままの体勢でそこにただたってるあたしの傍を、何人もの人が通りすぎていく。そんな中に、十年来の親友を見つけた。彼女は気まぐれなあたしに、文句言わずに付き合ってくれ、あたしの悩みを聞いてくれ、あたしが変な方向へ突っ走ろうとしたら必死になって止めてくれるような、そんな親友だった。彼女がいなかったらあたしはきっと、もっとひどい人生を歩いていたんじゃないかなって思う。
彼女は全身で悲しみをあらわしてた。別に泣いているわけでもなく、大声をあげてるわけじゃなかったけど、彼女がとっても悲しんでる事がわかったんだ。彼女はあたしが死んでも親友なんだ。だからこうささやいた。彼女の耳元へいって。
「さよなら。あたしの分も幸せになって」
それが聞こえたのかと錯覚するところだった。だって彼女、いきなり泣き出しちゃったもの。あたしの名前を呼びながら、慟哭に混じってこういうのを聞いた。
………わかった………
錯覚だったのかもしれないけど、それでもいい。少なくともあたしと彼女はそれで満足したんだから。彼女は、きっと、だけどさ。
一回やってみたかったことがあったからやってみた。屋根の上で物思いにふけるなんて、なんか漫画みたいであこがれてたんだ。この状況を利用してやってみようと、屋根の上へ一蹴りで飛び上がる。でもやらない方がよかったかなっておもった。自分がまだやりたかった事。これからの可能性。家族、友達、恋人の事。自分で選んだ事じゃないけど、あたしはもうそれを満喫する事はできない。はっきりいってあんまりな話なんだよね。もしも生まれ変わる事ができるとしても、その時にここにいるあたしはもういない。そんな事を思うと涙が出てきた。あとからあとから途切れることなく……。
途切れることなくあふれる涙に、あたしは気がついた。見なれた部屋。あたしの、部屋。
「夢？」
どうやらそうらしい。
「不覚だなあ…夢で泣いて起きるなんて」
まだいつもの時間よりずいぶん早い。目覚ましより早く起きちゃったみたいだ。なんであんな夢を見たんだろう。ものすごくリアルで、ありそうな出来事だったからゆえに、それが夢だと気がつかなかった。
最近、いやな事続きで気持ちが沈んでた。もう死んでもいいような気もしたんだ。だからあんな夢を見たんだろうと…。
でも、もう死んでもいいなんて言うまい。だって、あたしにはまだまだやりたい事があるって、たとえ夢の中であっても自分が下した決断には変わりないんだから。
「あたしは、まだ、ここで生きてる。これからも、生きてくんだ」
そして、みんなの笑い顔をもっとたくさん見るんだ。あんな痛い思いは夢の中でも遠慮したい。
あたしは朝の空気を吸うため、窓を開け放つ。まだ温まってない空気が部屋を満たしていくのが好きで、あたしはよく早起きしてこうする。
「今日もよく晴れそう！」