『 前略
お元気でしょうか。なんてね、ちょっと気取ってみたの。今、私はおじいちゃんのあとを継いで、バル城と、その近辺の統治をするための勉強中。あともう２、３年もすれば私、女王様になっちゃうんだよ。そうしたらミドなんか、私と直接しゃべることができなくなっちゃうんだよ。…もっとも、そんな事にはならないと思うけどね。
実際のところ、女王になんかなりたくないんだ。ずっとサリサ王女…ややこしくなるからファリスにしておくけど、彼女と一緒に生活していたせいなのかなー、なんて思っちゃう。噂によればファリスは城にいる事ができなくって、相変わらず海賊たちと一緒にタイクーン近海を荒らし回ってるんだって。レナもかなり手を焼いているみたいで、かといって大々的に討伐隊を組んで掃討するわけにもいかないし。なんたってタイクーンの第一王女様が実は海賊なんだから。でも以前よりは大人しくなってくれたからよかった、ってこの間手紙にかいて来てくれた。あれれ、話がずれちゃったね。
ファリスの影響で王位につきたくない気持ちが大きくなったのは事実。だけど、ほんとはもっと早くからそう思ってたんじゃないかなって思う。なんでって言われてもよく分からないけどね。ファリスが王位なんか継ぐもんか、っていった時があるんだけど、その時私と一緒だ、って直感したんだ。でもそれじゃいけない。タイクーン城には王位継承権を持つ人が二人いるけど、うちはそうじゃない。だから私はしっかり勉強して、もっと世の中の事を理解して、そして立派な女王になることを期待されている…』
そこまで書いてクルルは便箋をぐしゃぐしゃに丸めると少し離れたゴミ箱に向かってそれを投げた。紙のボールは残念ながらゴミ箱に入らず、その周りに落ちた。
「あーあ。やるんじゃなかったなー」
物憂げに立ちあがりながらちゃんとゴミ箱の中に入れた。そこには同じようなボールがいくつも入っている。ふと思い至ってゴミ箱自身を机の横に持ってきて、そしてまた座った。目の前に置かれている便箋はもうあまり枚数がない。
「うーん。なんか泣き言になっちゃう」
インクがついたペンを弄びながら窓の外に目をやる。落ちついて城から外を見ることはあまりなかった。だから今、改めて変わってしまったと感じた。
しばらく外を見つめていたが、時計を見れば後数十分で郵便係が城中の手紙を集めに来る。仕方がないのでなるべく泣き言にならないように、再び手紙を書き出した。
「クルル様、お手紙の用はありますか？」
どこかで聞いた声が笑いを含みながら尋ねた。彼女は顔も上げず署名を書き上げる。それを香を焚き染めた封筒に入れ、やっと顔を上げた。
「あ、じゃあこれ…あれっ？」
そこにいたのはまぎれもないバッツだ。日に焼けた顔が、彼が今だあちこち旅を続けている事を物語っている。
「どうしたの？この間寄ったばっかりだと思ったけど」
「どうしたの、とはご挨拶だなぁ。せっかく手紙、預かってきたのに」
少しすねたように、しかしそれはすぐ消えて、飾り気のない封筒を荷物から取り出すと笑って見せた。
「誰から？」
渡された手紙にはミドの署名がしてあった。椅子に座る事も忘れその場で封を切る。なんのことはない、ただ近況が書かれているだけだ。彼らが住む三日月島に収獲祭が訪れたこと、カタパルトのあちこちにガタが来ているのを見つけ、祖父のシドと共に修理三昧の毎日であること、付近の森に住む黒チョコボに子どもができ、クレセントの町人と話し合った結果彼らが世話をする事が決まった、というより押しつけられたのではないか、というようなことなど。几帳面な文字からは彼のきっちりした性格と、つつましいながらも飽きない毎日が繰り広げられている事を想像するに難くない。
「でも…この間手紙をくれたばっかりなのに」
几帳面だからこそ、イレギュラーに送られてきた手紙が気になる。彼は定期的、三週間毎にクルルに手紙を書いていた。しかもバッツに手渡しだ。まあそれに関してはたまたま立ち寄ったから、というほうが正しい気がする。
『…ところで僕もそろそろ働かないといけない時期が来ています。シドじいちゃんは僕の年ぐらいにはもうカルナックに仕官していたと聞きます。だから、僕もその方面の道を模索しようと、次のウォルス城で開催される高等文官試験を受けてみようと思います。……』
「仕官！？」
机の上においてあったカレンダーをひったくり、本棚に詰め込まれている資料から、世界中の文官試験の日程表を引っ張り出した。
「ウォルスの試験日は……一週間前！？」
「そ。たまたまクレセントに寄った時、あいつがどうやってウォルスまで行こうかと悩んでたから、俺が送ってやった。そのついでなんだな、手紙の事は」
「なんでウォルスなの！？」
「そんなこといわれても…」
年上の親友が言うとおりだ。彼に当ってもなにもならない。もう試験は終わっていたのだから。
「…うちの試験日が明後日なのに…わざわざウォルス…」
しばらくじっと立っていたがバッツをその場に置き執務室から出ていった。
「飛竜を」
低い声で飼育係に告げ、直後に高い塔から最後の飛竜が飛び立った。騎乗しているのは勿論旅支度をしたクルルである。馬に乗る事よりもチョコボを駆る事よりも、飛竜を操る事が一番はやく身についた。飛竜は年老いており、あまり速く飛ぶ事はできなかったが、それでも彼女は彼に乗って大空を翔けた。
「……………ぉおーい！」
下から呼ぶ声が聞こえる。チョコボに乗ったバッツだ。少し高度を下げるとチョコボを横づけして並走した。
「預かった手紙は？どうしようか？」
「…好きにしてよ」
それだけ言うと彼女は空高く舞いあがりウォルス地方に向かって飛んでいった。その様子を見て残されたバッツは肩を竦めたが、彼は彼女とは違う方向にものすごいスピードで消えた。彼の乗るチョコボはボコ。世界最速との呼び声が高い。
二日後に小さな町に辿り着いた。
「ボコ、ちょっと留守番だ。これが終わったらココの所に戻ろうな」
「クェ」
わかったというように返事をするボコ。愛妻の所に戻れるのが嬉しいのだろう。
「…シドのじーさん、生きてるかぁ」
機械の音が響く部屋から声が返って来た。
「生きてるかとはなんだ、生きてるか、とは！相変わらず口が悪いな、おまえは」
「じーさんだってなかなかのもんだぞ。ミドは？」
「ミドか。今、町に買出しに行っておる。昨日ウォルスから戻ってきたばかりだというのによく動く奴だよ」
旅装束を脱ぎながら部屋の中を見渡した。ここは以前飛空艇のカタパルトであった。海の底にあるはずなのに明るい。遥か太古の文明が作り上げた物だというが、彼には何の感慨も湧かない。だが、シドやミド、機械を愛する人間にはここがどのようなものなのか、というぐらいは想像できる。
「だから二人ともこんな所に住んでいるんだろうけどな。俺は…やっぱり太陽の下が良い」
とりとめのない考えは少年の声にかき消された。
「おじいちゃん、ただいま。あ、バッツさん。この間はどうもありがとう」
丸いめがねがよく似合う、いかにも理知的な少年。そろそろ大人の仲間入りを果たそうかとする、そんな年頃。
「よぉ。バル城のお姫様から手紙を預かってきたぜ」
「クルルから？」
差し出された手紙を受け取ったもののそれをあけようとしない。
「どうした？」
「……クルルは…なんか言ってた？」
「ウォルスの件か？…なんで、とだけ言ってたな」
「怒ってるなぁ」
口をへの字に曲げて考え込むミド。シドとバッツは目配せしあったが、
「まあ何が起こるかわかんねえけど、おまえが自分で考えた事だろ？」
「なるようになるじゃろ。おまえが選んだ道だ。好きなように生きなさい」
「バッツさん…おじいちゃん」
「さて、今日はバッツもいる事だし、ミドの試験が終わったパーティでもするか」
「お、じいさん、それ良いな」
結局ボコが愛妻に会うための旅に出られるようになったのは、二日後のことである。散々待たされた彼は乗り手の事などお構いなしに走りつづけたため、通常二週間はかかる海賊たちのアジトまで（愛妻はそこで預かってもらっているのだ！）、一週間で走破したという。おかげでバッツは車酔いならぬチョコボ酔いになったとか…。そのせいでアジトにいたファリスとの呑み比べに負け、滞在する間ずっと皿洗いを押し付けられたとか…。
「どうしてなの！？」
突然の声にミドは持っていた本を落とした。
「く、クルル？」
「なんでウォルスなの！？」
カタパルトに飛びこんできたクルルはミドの姿を認めるとつかつかと歩みよって詰問を続ける。
「ウォルスの十日後にうちの仕官試験が行われるの、知ってるでしょ？前に私が教えたじゃない」
「知ってるよ。ちゃんと覚えてる」
「だったらなんでうちの試験を受けてくれないの？」
ミドと同じ部屋にいたシドだが、肩をすくめると孫の肩を叩いて出ていった。
「おじいちゃん…」
一瞬気を取られたがクルルに現実に引き戻された。
「なんでなの？」
「とにかく座りなよ。お茶入れるから」
お茶を飲んで落ちついたのか、クルルは黙って質問しようとしない。しかしその目は問うていた。なんで、と。
「……そりゃさ、僕だってバル城の高等仕官試験を受けたかったよ」
「だったら受ければ良いじゃない」
「だけどね、僕と君が知り合い同士だっていうのは君の城やその回りの領地で知れ渡っている事だよね？もしかしたら、変な噂が立つかもしれない」
「……」
次期女王と懇意であるから、才能もないのに登用された。運悪く落ちた人間から、そんなうわさが立てられるかもしれない。そうなれば、ミドの性格上バル城にいることはできないだろう。悪くすれば他の城に仕官することすらできなくなるかもしれない。
「だから、仕官するときにバルとタイクーンはやめておこう、そう思ってた」
「タイクーン…？あ、レナか」
「そう。レナさんとはそんなに喋ったわけじゃないけど、変なうわさを立てる人ってどこにでもいるからね」
目の前にいる少年はそこまで考えてウォルスの試験を受けたのだった。それに気がつかず、彼はバルの文官試験を受けるとばかり思いこみ、それがかなわなかったから怒って自分のやる事を放り出してここまでやって来てしまった。そんな自分が恥ずかしい。
「……ごめん。私がわがままだったね」
素直に謝ると、彼はにっこりと笑った。
「分かってくれてよかった。でもね、クルルの気持ちもわかるよ。だって最近の手紙の端々に、きっと不安なんだろうなって言う気持ちが現れていたもの」
「えっ？」
泣き言は書くまい、言うまいとしていたが、ミドにはお見通しだった。
「そっか…ばれてたのか」
照れ隠しに鼻を擦る姿を見て、少年はちょっと真面目に答えた。
「えっとね、クルル。世の中ってどんどん変わって行って、僕達は今のままではいられない。その変化ってとっても早くて僕達にはついて行けない時があるかもしれない。だから変わって欲しくないって思うんだろうね。僕だって試験を受けるときに怖かった。おじいちゃんと一緒にここでずっと暮らしたいと思ったけど、変化を恐れてても何も始まらないんだ。変わる事が怖かったら、絶対に変わらないものを守る事ができないんじゃないかな」
たどたどしいことばがクルルの耳に響く。
「…そうなんだ…そうなんだよね」
さみしそうにお茶を一口。カップを握る手が心なしか震えている。
「私…まだまだ子どもなんだなぁ。ミドみたいな考え方、全然できなかった。私こそそういう考え方をしなきゃいけないのに」
「人にはいろんな考えがあるよ。だから僕の考えをクルルに押しつける事はできないし、クルルも僕の考えを『それしかない！』なんて思いこまないでね」
「でも、…でも…早くしないと、ミドにおいて行かれちゃう」
「置いていかないよ。実はクルルたちが世界を救ったって聞いた時、置いて行かれたと思ったのは僕だったんだよ？」
「ミド…」
めがねの奥の目が優しく光った。
「僕の環境が変わっても、僕自身はかわらない。それを確かめるために僕はウォルスにいったんだよ。まあ、受かってるとは分からないけどね」
苦笑して頭を掻く彼を見てクルルは笑った。実は彼女、ここに来る前にウォルスの城に立ち寄っていた。そこで試験結果を聞いていたのだ。だがそんなことは微塵も口に出さない。そしてお茶を飲み干して彼女は自分の城へと戻って行った。自分が成すべき事をするために。そんな後ろ姿を見守りながらミドはそっと溜息をついた。
「もう一つあるんだよ、ウォルスにした理由」
もし試験に受かって晴れて仕官することになっても、最初のうちなら失敗ばかりでみっともない所を露にするだろう。そんな姿をクルルに見られるのはいやだったのだ。
「ちゃんと仕事ができるようになったら、僕は君の所に行くよ。だからそれまで待っててね」
数日後、シドが手紙の束を受け取った。彼はその中にミド宛の封書が混じっているのに気がつく。。それは分厚い封書でウォルス城公式印で封がしてあった。
「ミド、ミド！」
年がいもなく叫びながら居住区までの通路を走った。
END