「ね、シリア姉ちゃん。その写真はなあに？」
「これ？これは私が１８歳ぐらいの頃の写真。ほら、このはしっこでつるはし持ってるのが私。このとき、近くの発掘現場に潜り込んで手伝いをしてたの」
確かに写真の端に大きなつるはしを構えているシリアがいた。
今はジェイと共に部屋の掃除をしていた。机の奥底から懐かしい写真を見つけたので、彼女はしばらく手を休めていた。そこをジェイに見られて冒頭の会話となったのだ。
「で、姉ちゃんの横に立ってる男の人は？今まで見た事がない人なんだけど」
「この人は…」
自宅近くで考古学的遺物が発見されたというので、シリアは連日その現場に忍び込んでいた。関係者以外は立ち入り禁止なので見つからないように気をつけていたのだが、その日に限って注意力散漫だった。
「こらっ、関係者以外は立ち入り禁止だという看板が見えなかったのか？」
「ご、ごめんなさい…でもとても興味があったのでどうしてもいても立ってもいられなくなったんです」
彼女を見つけたのはオーウェル＝ディーン。警備をやっていた公安員だった。シリアの真摯さに心を動かされて、まだ若いと思われるその顔から険しい表情が消える。
「…そんなに興味があるんだったら、責任者に話してみようか？」
「ほんとですか！？ぜひお願いします！」
彼の口利きがあって、彼女は手伝いとして現場に自由に入れるようになったのだ。ちなみにこの時彼女にいろいろな事を教えたのがコルグ。彼とはこの時からの付き合いである。
聞いてみるとオーウェルはまだ２２歳らしい。シリアは手伝いをするうちに彼と仲良くなっていった。
「私の家は経済的にめぐまれてなかったんですよ。それでエレメンタリーを卒業してすぐこの仕事をし始めたんです。でも本当は軍に入りたくて…今度の募集に応募してみるつもりなんです」
「そうなんですか…私は、実は決めてないんですよね」
「え…？でもここに興味があるって言っていたじゃないですか」
「もちろんそうなんですが、一番やりたいのは科学方面なんですよ。おかしいですよね、そんな人間がこんなところにいるなんで」
シリアは自虐的に笑う。
「そんな事はないと思いますよ。いろいろな事に興味があって良いじゃないですか」
彼の言いぐさがあまりにも優しかったので、シリアは元気付けられた。これから先、どんな事があっても科学と考古学のどちらも忘れないようにしようと思うのだった。オーウェルは彼女がこれからも天真爛漫に生きて行ける事を祈り、できることなら彼女を見守ってやりたいと思った。
エレメンタリーを卒業しただけと言う低学歴にもかかわらず、彼は様々な事に通じていた。それは彼が勉強熱心だということのほかに大変な人生を歩いているという事に他ならない。シリアがそれまでに学校で教わっていて、彼女自身が調べた事以外の事の多く知っていたから。彼は自分のことは多く語らない。それだけにシリアには彼の言葉が重く感じられた。
そろそろ発掘も中盤に差し掛かってきた頃、オーウェルの姿が見えなくなった。シリアは、今日は来るか、明日は、と彼の姿を探している。ぼんやりと灯った胸の疼きを思った。
「きっと前に言ってた、軍に入隊したんだ…」
でもせめて一言いってほしかったなあ、と思っていると彼がやってきた。
「すみません、連絡できなくて……やっと入隊ができたんです。だからもうここにはこれなくなるんです。それを言いに来ました」
「！…おめでとうございます。夢がかないましたね。もう…あえなくなるんですか」
「そうかもしれません。今、私達の国と提携を結んでいる国が侵攻にあいそうになっていますから、私達の国から軍隊が派遣されるとおもいます。実は私が軍隊に入れたのはそのせいなんです。人が多い方が良いですからね。いまさら人海戦術もはやらないと思うんですが、軍人は上の人に逆らってはいけません」
ニコニコと笑いながら語るオーウェル。
「でも、派遣されるという事は訓練なしに戦場へ放り込まれるということでしょう？いいんですか？」
「まさか！そんなことはないですよ」
心配でたまらないシリア。そんな彼女の様子を見て彼は少し考えながら言った。
「今はちょっと無理なんですが、侵攻が回避、あるいはこの問題が解決したら…」
シリアには彼が何を言いたいのかわかった。だから彼女はこう言った。屈託なく笑いながら。
「帰ってきてから聞きます」
「え、でも保証はないよ？だから…」
「だから帰ってきてからですよ。というより、帰ってくるんです。何かやり残した事があったら、どうしても生きて帰ってこないといけないでしょう？」
オーウェルも不敵に笑う。
「確かにシリアさんの言うとおりですね。わかりました、帰ってきてからですね。必ず帰ってきます」
「信じています。いってらっしゃい」
後ろ手にシリアに向かって手を振るオーウェル。シリアは心の中が温かくなってきたのを感じながら手伝いに戻った。
「それで、そのオーウェルさんはどうなったの？」
「結局侵攻は開始されて軍が派遣されたんだけど…今でも続いているでしょ？」
頷くジェイ。
「半年後に彼も行っちゃって……」
シリアの目はなんとなく潤みを帯び始めている。
「奇襲攻撃だった…遺品も見せてもらったよ」
ジェイはシリアの顔を見ていられなくなった。彼女は写真を大事にしまうと目元をぬぐう。振り返ったシリアの目にはもう何もない。
「さあ掃除掃除！どうせ夜になったらリテと男どもが荒らしに来るんだからやっても意味がない、な―んて考えたらだめよ」
「それは姉ちゃんじゃないの？…あ、ゴメン、ごめんなさいってば。ヤカンを投げないで。またやり直しになるよう…」
END