ダイコンがいっぱい 後編
ザーゲンティ（カルサート）『なあ、まだ街につかないのか？俺もう腹減ったよ』
ヴァリー（シリア）『もう少しってとこかな。だいたいおまえが見境なしに食うからいけないんだ』
ライラ（リテ）『まあまあ、落ち着いて。怒れば怒るほどお腹は減るわ』
ベルナロッサ（トミー）『そうそう…おっ、街らしいぞ』
一行は街へ。通行人の姿が見えずなんとなく暗い感じ。十歳ぐらいの男の子が通りかかった。ヴァリー声をかける。
ヴァリー『ねえ、この街の宿はどこかな？』
サナフェル（ジェイ）『……あっち』
礼を言うと一行はそちらに向かう。ヴァリーは少年が黙り込んでいるのが気になり、宿に落ち着いた後ザーゲンティとともに彼を探しに出た。
ヴァリー『無理だろうな…。この街は城下町だから』
ザーゲンティ『そんなことはないさ。俺のこの水晶玉で…』
何やら怪しげな呪文を唱えるザーゲンティ。時たま通行人は彼らを白い目で見て通る。ヴァリーはめまいを起こしたような顔で彼を遠くから見る。やたらと大きなリアクションをし、ザーゲンティは水晶から目を上げた。
ザーゲンティ『み…見つけた…ここから四件目の角を曲がって……そこから四方四百メートル以内の公園に…いる…かもしれない』
ヴァリー『……さっき見つけたと言ったのでは…？』
ザーゲンティ『気の迷いだった…。とにかくそのあたりには違いないが……俺の気力ではそこまで特定できない。……ところでヴァリー、俺、疲れたからおぶってってくれたら…あ…あれ？』
ヴァリー、戯言をいう魔道士をその場においてさっさと歩み去る。ザーゲンティ、気力が無くなりとりあえずその場に座り込む…。
舞台変わってここは公園。午後のちょうどいい時間だが人影はほとんどない。サナフェルがベンチに座っていた。ヴァリーは彼を見つけると近寄る。
ヴァリー『なんでそんなに黙ってるの？』
サナフェル『あ…さっきのおば…お姉ちゃん』
ヴァリー『（ちょっとひきつって）こ、この街全体が暗いのに関係あるのかな？』
サナフェル『……』
少年は黙っているがどうやらしゃべりたくて仕方ないらしい。一時の時間が流れて。
サナフェル『実は僕、見ちゃったんだ。王女様をさらった奴の家』
ヴァリー『王女様？』
サナフェル『知らないの？旅の人だからかな。実はここの王女様、変な人にさらわれたんだ。王様は『王女を助けた人になんでも褒美をやる』って言ったらしく、お姉ちゃんみたいな旅の戦士がいっぱいこの街に流れ込んでるんだ。でもみんな変な人のいる場所がわからなくて、それに唯一あやしいと言われてる森って、知らない人間にはものすごく歩きにくいところなんだ』
ヴァリー『ふーん…もしかして…』
―こちらは楽屋。
「シリアの奴、なかなかうまいことやってるじゃないか」
「……今はな」
カルサートが怪しげな魔道士の格好をして、妙に沈んだ声で言うのでトミーは何か得体の知れない寒気に襲われた。
ヴァリー『もしかしてあなた、その褒美、ほしいとか』
サナフェル『…うん。実は僕の兄ちゃんがひどい病気なんだけど薬を買うほどお金なんかない』
ヴァリー『うんうん、それで？』
サナフェル『僕の知り合いに王女様を取り戻せるような強い人はいないし、かといってぜんぜん知らない人になんか頼めない』
ヴァリー『私も知らない人にうちに入ると思うけど』
サナフェル『お姉ちゃんは特別さ。だって僕に一回あっただけで、僕の事を気にしてくれて探してくれるような人なんだから。お姉ちゃん、おひとよしっていわれるだろ？』
たからかに笑うヴァリー。
ヴァリー『子供なのによくそこまで見ぬいた！よーし、その心意気に準じて私達が手伝ってあげる』
サナフェル『ほんと！？』
ヴァリー『うそなんか言ってどうするのよ。そのあやしい森、あんたはよく知ってるみたいね、その口ぶりからすると』
サナフェル『もちろん。もっと小さい頃から兄ちゃんと一緒に走りまわってたんだ』
ヴァリー、サナフェルを宿に連れて行く。ライラとベルナロッサは快く承知した。
ライラ『ま、リーダーはあなただから』
ベルナロッサ『相変わらずのお人よし振りだな。それだから俺達は安心しておまえについて行くんだけど』
ザーゲンティは部屋で寝こんでいる。先ほど魔力を使ったからだ。
ヴァリー『まったく…、ほんっとに役立たずなんだから。もっと体力つけなさいな』
ザーゲンティ『無茶言うな。体力とは何にも関係無いぞ。だいたい俺は召喚術専門なんだ。違った用途に魔力を使うとこうなるのは、おまえだって承知だろ？』
ヴァリー『ああああああ、わかった。とにかくあんたは使えないから置いていくわ。じゃ。もし私達が帰ってこなけりゃ宿代はあんたのへそくりから出しなさい』
言い捨ててサナフェルと共に部屋を出ていく。ライラとベルナロッサは固まっているザーゲンティを気にしつつも、ちゃんと自分の財布は持って出ていった。
ライラ『ここが森の入り口？なんだかそうは見えないけど。さっきもっと入り口らしいとこがあったのに』
サナフェル『実はあそこが本当の入り口なんだけど、入ったらすぐに湿地帯と落とし穴が続いてるんだ』
ベルナロッサ『………まさかとは思うんだが…。もしかしておまえと、その兄ちゃんが落とし穴を掘ったとか？』
サナフェル『おおあたり〜。もともとは猟のためだったんだけど、かかるのがみんな人間なんだ。それに気がついたときにはもう何処にどれだけの落とし穴を作ったのかわかんなくなってて結局そのまま』
ライラ＆ベルナロッサ『…』
ヴァリー『ま…まあいいわ。私達は落とし穴にかからないんだから…ってぁぁあぁあ！』
サナフェル『べつに入り口近くだけに落とし穴があるなんて、僕は一言も言ってないよ』
ベルナロッサ『おい、ヴァリー。これにつかまれ』
ライラの槍を包んでいた布を穴の中に差し入れる。しばらくしてヴァリーがはい上がって来た。
ヴァリー『ひどい目にあった…』
ライラ『とりあえず先に行こう。王女様が心配だわ』
ヴァリー『大丈夫の一言もないの…』
何やら怪しげな建物が建っている。いかにも「変な人がすんでいますー！」といった感じだ。４人は半分朽ちかけた戸を蹴り飛ばして建物に入り込んだ。
ヴァリー『さあこの変態！この私……………(ありゃ)』
―楽屋。
「ありゃま。シリアの奴台詞忘れてやがる」
「困りますなぁぁ。見せ場だって言うのに」
カルサートと団長は二人で頭を抱えた。
舞台の上では沈黙が続いている。聞こえてくるのは結構いっぱいになった観客席からの物音だ。シリアは脂汗をたらしながら次に言うべき台詞を探っていた。トミーはさっきの嫌な予感が的中した事を感じ、ジェイとリテ、そして悪役の団員が固唾を飲んで彼女の次の台詞を待っている。
ヴァリー『あ…』
芝居は続けなくてはならない。彼女はもうどうにでもなれとこう言った。
ヴァリー『この私のおやかんアタックで灰燼に帰してやる〜！出でよ、我が忠実なるしもべ達！！』
シリアは指をならした。と、何処からともなく大量のやかんが現れて、悪役に襲いかかる。哀れ、悪役の団員は白目をむいてその場にくずおれた。舞台上のほかの人間、そでにいる人々はその場にひっくり返るか座り込んでいる。ただ観客だけはすごい技術であると喜び、拍手を送っていた。
「あ、あれに拍手？」
「世も末だ…」
「…絶対に姉ちゃんは怒らしたらいけない」
トミー、リテ、ジェイは芝居をする事も忘れつぶやく。いち早く立ち直ったのは王女役の人だった。
王女『あ、ありがとうございました。あのう…お名前は？』
ヴァリー『名乗るほどのものではありません。それに、礼はサナフェル…そこの男の子に言ってください。彼がいなくてはここにたどり着く事はできなかったのですから』
サナフェル『お姉ちゃん…』
サナフェルは王からたっぷりと礼を貰い、兄にいい薬を買うことが出来た。しばらくの時を置かず兄は元気になるだろう。そういったものを確認して四人の冒険者は再び旅立っていった……。
幕が降りると同時に背景が崩れた。おそらく例の召喚技の余波だったのだろう。
「なんてこった…。まだ後三回、公演があるって言うのに」
「団長…。おいシリア、おまえのせいだぞ」
「わかってるわよ。こんな事になるなんて思ってもみなかったんだから」
「わかってやってたらよけいに性質が悪いわ。どうするのよ、これ」
「……直す」
「これを？ひとりで？」
「誰が一人って言った？あんた達も手伝うの」
「ちょっと待て。俺たちは関係無いぞ」
「ふーん。あんた達は困っている友達を平気で見捨てるような人達だったのね…。ああ、おねーさんはかなしいわ。悲しいからもう一回おやかん召喚しちゃうぞ」
「待って姉ちゃん。わかったよ、僕は手伝うよ」
「……これ以上被害を大きくするわけにもいかんだろう。仕方ない、手伝ってやろう」
その夜遅くまで金槌の音が響いた。次の日以降の公演はおおむね上手くいったが、今後彼らが劇に呼ばれる事はなかった。
END