海風に吹かれて ２１
シリアを門に送り出してから、物見塔の上はにわかに騒がしくなった。
「見えました！」
なにが見えたかなど、問わなくともわかる。
「全員、構え！」
その声を合図に、カルサートが投擲部隊の指揮をはじめる。
「とにかく、船を壊してしまえ！弾はたくさんある！」
投石機についた男たちは合図を待つ。ぎりぎりまで、一番効果的だと思われる距離まで。恐らく、射手にとっては一生で一番長い瞬間。
「今だ！」
合図の声もかき消される勢いで投石機がうなりをいくつもあげた。数個は外れたものの、致命傷をいくつか与える。慌てて船からの砲撃がきたが、こちらに届くほどではなく、海に盛大なしぶきが上がる。
「ふふん。俺特製の投石機だ。飛距離と破壊力は、そんじょそこらのもんなんか目じゃない」
「自慢してる暇があれば、さっさと第二波を撃てバカ！」
トミーに頭を殴られ、心底嫌そうな顔をするが何も言わず、二波のための準備をする。
「キャプテン、こっちからもきました！」
みれば街の方から数人、コルウィスキーの手下が走ってきている。
「くそっ」
塔から飛び降りると長剣を構える。
「今の俺は気が立ってるんだ！死にたい奴だけ、かかってきやがれ！」
言いながら凄まじい速さで薙ぐ。二人ほどそのまま沈黙した。それを見て後の男たちは飛び掛るのを躊躇した。
「その程度か！その程度で、俺たちの街に挑んできたのか！！」
怒りで心がいっぱいになっていく。こちらは命がけでこの街を守る。ならば、攻めるほうも命がけではないのか？
「カルス！ここは頼んだ！」
「ああ！やつらが来たときは、運が悪かったと思ってあきらめてくれ！」
「あきらめきれるかバカ！」
こんなときでもカルサートはカルサートだった。マイペースにはあきれるが、そんな心配はないことは知っている。にやりと笑いあい、トミーは街中に向かって走った。その後を男丈夫の海賊達が数人続く。
「お前ら！」
「キャプテン、ついていきます！」
「たとえ、煉獄の果てだろうと！」
真剣に返してくる彼らに、船長は厳しい顔。
「…自分の命は、自分で守れよ！」
『はい！』
角から飛び出してくる敵をなぎ倒しながら、火の上がった方へ走る。
「キャプテン！」
「なっ…オーウェル！？」
避難したのではないか？
「エリザが、エリザがいないんです！」
「！」
手下達に、シリアの元へ急げと指示を出し、オーウェルに向き直る。
「いないってどういうことだ！？」
「気がついたら…」
「くそっ、こんなときに！」
エリザはシリアを憎んでいた。あの様子では、一体何をしでかすか分かったものではない。そのあたりのことを言い含めて、オーウェルにエリザをちゃんと見ておくように言った。
「お前、シリアのこと思い出したんだよな？」
「ええ…」
「でも、エリザのこともちゃんとわかっているんだろう？」
「それはもちろん」
「…どっちなんだ？お前の心にいる女は？」
「私は」
答えようとした矢先、屋根が熱で崩壊し崩れ落ちる。
「くそっ、建物の中にまで火が回ってるのか！」
こりゃ修復にかなり時間かかりそうだな。そんな場違いなことが頭に浮かんだ。
修復は全てが終わった後だ。その時、俺が生きてるかどうかはしらねぇが、そのときに考えないとな。
「私は、確かにかつてはシリアさんを愛しました。けれど、今は。思い浮かぶのはエリザの事だけ…！」
「よく言った！さあ、探しに行くぞ！それと、その言葉、ちゃんとエリザに伝えてやれよ！」
わかっているというように力強く頭を振った。トミーはあたりを見回し、落ちていた剣をオーウェルに渡す。
「自分の身も守れないような奴が、女を守れるわけがないからな」
おとなしく剣を受け取る。そして、二人は駆けた。
「やったぁ！」
船が沈んでいく。乗組員はわらわらと海に飛び込み、沈む船に巻き込まれないように必死だ。歓声を上げる射手たちをよそに、カルサートは不安に駆られる。
「……」
なんとなく、嫌な予感。本当にこれだけで済むのか？
「気を抜くなよ…？嫌な感じだ」
言い置いて物見塔に駆け上がった。
「状況は？」
「とりあえず港は沈黙ですね。でも…私、何か嫌な予感がするんです」
「俺もだ。ここは、陽動か？」
「……」
「ともかくトミーに知らせてくる。お前達は警戒を怠るな」
真摯な目で頷いた見張りを残し、塔を駆け下りた。
滅多に身軽な恰好で走ることはないが、幼い頃はトミーにつれられてあちこち駆け回っていたのだ。足にはかなり自信があった。
「久しぶりだな、俺が走るのも」
飛んでくる火の粉を避けながら軽快に街を走る。と、ひときわ大きな音が聞こえてきた。彼のラボがある辺りからだ。
「…しまった、あのあたりにクリスタルダイヴ置いてるって聞いたぞ…？」
あそこにはケルとセルバスがいるはず。今から行っても間に合うはずがない。
「信じてるぞ…！」
操舵長と副長のペアだ。間違いない。そう決めて走り続けようとしたとき、敵が飛び出してきた。
「わっ！」
立ち回りは慣れていない。けれども、最低限身を守るすべは知っている。腰に巻いた布に挿していた短剣を引き抜く。
「わーっ、わっわーっ！」
めちゃくちゃに振り回しているうち、相手はその場に倒れた。
「…殺しちまった」
うめきもあげず倒れている男。身を守るというのはこういうことかと、初めて彼は実感した。
「感慨に浸ってる場合じゃねーや。さっさとあいつンとこに行かなけりゃ」
駆け出そうとしたが止まった。進行方向から数人の男たち。見たことがないので、おそらくコルウィスキーの手下だ。
「一人ぐらいならどうにかなったけど、…」
まだ崩れ落ちていない家の影に隠れる。
「…シケた街だ…」
「逃げたんだろうよ。一般の人間は。ここにいるのはヴァリスのバカどもばかりだ」
「そういや一般の人間が逃げ込んだらしき場所、見つけたって誰か言ったな」
「ああ。バカどもの気を引いた甲斐があったってもんよ。さ、こんなところにいてもしょうがない。そっちに行って…」
「だな」
通り過ぎたあと、カルサートは影から這い出した。
「まずい…非常に、まずい…」
犠牲をできるだけ出さないため避難させたのが、アダになってしまう。
「なにか方法、方法…そうだ！」
思い至って、彼は自分のラボがあるほうに走り始めた。少し外れにあるそこには火の手は上がっておらず無事なままだ。ここまできたなら、とクリスタルダイヴのことが頭を掠めたが、街の人々を守らなくてはならない。
「ここのどこかに」
乱雑におかれているいろいろなもののなかから目的物を探し当て、落とさないよう抱えながら飛び出す。と。
「…銀の、マイスター…？」
「…お前は、誰だ？」
全然なりは違う。けれど、瞳が似ている。暗茶の眼。どこか寂しげな雰囲気。向こうも驚いているのか、じっとカルサートをみるだけだ。
そのうちに心がつながる。ここと同じように、炎に巻かれた街。ずっと聞こえる赤子の泣き声。
やばい！
目の前の男は暗殺者だ。それに、今の状況は非常にまずい。
「こんなもんでごまかされるかどうかはわかんねぇけど」
やってみないとわからない。カルサートは手にもった荷物の中から発煙弾を取り出し、地面に向かってたたきつけた。とたんにひどい悪臭を持つ煙が発生する。
「うげぇ…。今度は、もう少し量減らそう…」
煙の向こうのマイスターはどうしただろう。俺に似ている、そんな風に思ったのは何故だ？…、いや、あとで考えよう。
頭の中から疑問を追い出し、避難場所へと走った。
「見えた！」
彼が指定した避難場所は、昔の地下遺跡だった。正規の入り口のほかに、もう一つ抜け道が存在する。以前迷い込んで以来、この空間はいずれ役に立つのではないかと思っていろいろなものを持ち込んでいたのだ。
「さすがにこっちは見つかってねぇか」
抜け道に身を躍らせる。しばらくいって、突然山のような爆弾を抱えた男が乱入してきたのに、近くの女達が悲鳴を上げた。
「叫んでる場合じゃない！奴ら、ここ見つけたぞ！」
「えっ…」
漣のようにざわめきが広がる。
「俺は今からあっちの入り口を閉ざしてくる！出口はある、さっき俺が出てきたところを道なりに行け！」
それだけいって正門の方へ行った。
「そんなこと言って、あんた、俺たちを生き埋めにする気だろう！」
怒号が飛んできた。
「そう思うなら勝手に思え！ここから飛び出していけ！コルウィスキーの奴らにやられたいなら、そうしろ！」
それに、この人々を生き埋めにするということは、自分も一緒に埋まるということだ。そんなばかげたことをする奴はいない。
負けじと言い返しつつ、入り口を崩す程度の爆薬を仕掛けていく。一歩間違えば遺跡全体が壊れかねないが、ここの作りはかなりしっかりしている。それに賭けることにした。
「どこぞの遺跡は、壁をちょっと壊しただけで全滅なんてところもあるがな」
見たところ、そういう作りではない。たぶん、もともとの用途も避難のために作られたのだろう。
「俺にはまともに剣を振るう能力なんかないが」
俺には俺の闘い方がある。それが、これだ！
カルサートは起爆のスイッチを押した。振動は遺跡の壁を伝わり、離れていた街にまで伝わる。崩れ落ちてくる岩は進入しようとしていた敵を押しつぶし、入り口を完全に埋もれさせてしまった。
「よし！」
これで、当面は大丈夫だ。恐らく、その当面の間に、このごたごたもどうにか収まるだろう。
「これをおいていく。やつらが入ってこようとしたら、使え！」
近くにいた男に手早く説明し、また入ってきたところから抜け出していった。港はどうなったのか、トミーは、シリアは？そして、マイスターは。
「なんだってこう、ごたごたってのは一気に起こるんだ！」
わめきながら街に向かって走るのだった。