北の地に残る神秘 １
爆発のあとを掃除して、やっと綺麗になった甲板でレイラは伸びをした。
「そうだヴィッター、言ってたエジンベア王家ってよ、一体どんな所なんだ？」
タオルで頭を拭きながらヴィッターはちょっと考えながら喋った。
「…大した事は知らないが…、今をときめく家系の一つさ。確か…ポルトガのあるイーベル半島の北にあったと思うが」
「じゃあここから近いんじゃない？行ってみる？」
「それも良いんじゃないか？見聞を広めるために」
フォディニーは部屋にこもって意見を言う状態ではないので勝手に進路を変えた事になるが、おそらく彼は何も言わないだろう。
「じゃあセニアス、このまま十時の方向に取り舵いっぱい！帆もいっぱいに上げろぉ！」
「簡単に言うなぁ！」
高緯度のためかマントを羽織らなくては寒い。部屋に閉じこもったままのフォディニーを残し、三人は王城への道を急いだ。近付くにつれ、通りを歩く人達から視線を投げかけられる。
「…なんだ？」
「知らん。それより見ろよ。あそこがエジンベア王宮だ。手前の門から入るんだろうな。ひーっ、寒い寒い。さっさと宿見つけようぜ」
ヴィッターが白い息を吐きながら先に立った。レイラとセニアスははぐれないように後につく。が。
「おまえ達はどこから来た？」
偏屈そうな門番が槍を携えて一行を呼びとめた。
「どこって…アリアハンだけど」
「アリアハン？………」
妙に長い間が開いた。あまり長いのでヴィッターが気にせず門に近付こうとした瞬間、門番達に行く手を阻まれる。
「何しやがる。てめぇらの城は、客をこんな扱いすんのか？」
睨みつけながら槍を振り払った。
「客による」
「なんだとっ！？」
レイラは平然と言ってのける門番の神経を疑った。
「我がエジンベア王家ならびにその城下街は、アリアハンなどというどことも知れぬ土地の者を入れるほど、堕ちてはおらぬ。田舎者は、去れ！」
「…あ？」
「田舎者？」
「その通りだ。我ら光栄あるエジンベア騎兵隊、そのような国の名など聞いた事がない」
少女達ははらわたが煮え繰り返るほど怒っていたが、ここで厄介事を起こせばろくな事にならないのでやめておいた。
「じゃあ…ロマリアは？俺はロマリアの、法王家所縁の者だぜ」
「…お前みたいな与太者が伝統ある法王家所縁のものなどであるものか！これ以上妙なことを言えば、偽称の罪で投獄となるぞ！」
一筋の動揺も見せることなく言いきった門番にセニアスはある種の感動を覚えたが、自分達の仲間はものすごく短気だということを思い出したので、レイラとヴィッターを引きずって門から離れた。
「くっそぉ、あの門番め。岩より固い頭だな」
「こっちが黙ってたら言いたい事言いやがって。誰が与太もんだよ」
『それはその通り』
ヴィッターのぼやきに同時に返すレイラとセニアス。
「余計なお世話だ！」
「ちょっと、内輪もめしてる場合じゃないわよ。ここまで宿が一件もなかったのよ。今晩、どうする？船まで戻る？」
「乗り合い馬車はもう出てないだろ？これから二時間歩くのも嫌だな。かといってこの寒さじゃ野宿するわけにも行かず…」
腕組して考えこんでいた所に、一人の男が近付いて来た。
「あの…もしかして、門前払い食わされた方達ですか？」
「それがどうした。なんか文句あっか？」
イライラしているのが丸分かりの口調でレイラが返した。
「よければ私の家で、お休みになりませんか？」
「……」
三人は顔を見合わせた。やがてヴィッターが口を開く。
「みかえりは？俺達は何も持ってねえぜ」
「…船、とおっしゃいましたよね。船旅を続けていらっしゃるのでしょう？実は、様子を見て来て頂きたい場所があるのです」
男は毛皮の貿易商だった。その割には質素な屋敷で、バルトロメウのそれと比べれば格段に贅沢さは落ちる。しかしそこかしこの調度品や、柱などには洗練された意匠が施されている。
「ふぅん…。趣味が良いな」
ヴィッターが主人に聞こえないようにつぶやく。盗賊なんてモノをやっているせいか、彼はそういった調度品に目が利く。
「変な気起こさないで」
聞きつけたセニアスが顔をしかめてヴィッターをつついた。レイラはそんな二人を無視して貿易商に話を聞いた。
「実は、数ヶ月前から取引先との連絡がつかなくなっているんです。船が一向に戻ってこないんです。最近大きな海難事故が起こったとも聞かないし…。こちらから様子を見に行こうとしても、私の船は向こうに行ったまま、他の人には頼めない」
「なんで？」
「商売敵に邪魔をする事はあれ、手助けをするなんて人はいませんよ、レイラさん」
商品納入の期限はとっくに過ぎている。それまでの信頼のおかげでなんとか今まで待って貰えたが、これ以上客を待たすわけにはいかない。そこでレイラ達に様子を見てきてほしい、と。
「一宿一飯の恩義ができちまったからな。取引先とはどこだ？」
「スカディナ半島の付け根、ノアニール」
そんなわけで次の日、貿易商から書状を貰うが早いが、彼らは船まで戻った。相変わらずフォディニーは部屋にこもりっきりらしく、食事をした様子もない。
「あいつ、俺達が出て行った事知ってるのか？」
一抹の疑問を覚えたがとりあえず出航しなくては話にならない。帆の操作という重労働のおかげで彼のことは頭から飛んでいった。
「…このまま西に行ったらスカディナの森林地帯に当るな。そのまま陸が見える範囲を行けば、まあ三日ぐらいでつくだろうよ」
「了解。それにしてもレイラってお人好しよねぇ。頼まれると嫌って言えないのよね、昔から」
「まあいいんじゃねぇか？特に急いでるってわけでもねぇし、あの時あの男の所に行かなけりゃ寝る所がなかったんだ」
羽ペンで自分の頬を擦り、煙草をふかすとヴィッターが応じた。
「そういえばあなた、昨夜どこに行ってたの？出かけるって言って遅くに帰ってきたみたいだけど」
「ん？ああ、ちょっとこいつを拝借しに」
上げられた手にはエジンベア王室の紋章が入った勲章が握られている。
「ちょっと、どうしたのよそれ」
「昨日の門番のやつ。これ見よがしにいっぱいつけてやがったから、一つ、な」
「一つな、じゃないわよ。どうすんのよ」
「今更戻るわけにも行かないだろ？俺はあの門番、むかついたからな」
「気持ちはわからないでもないけど…それにしたって」
「気にすんなって。純金だから裏に流せば良い値段になる」
金色に光る勲章をみながら悦にいった表情をするヴィッターに、少女はもはや何を言っても無駄だという事を悟った。仕方がないので話題を変える。
「…それにしても、レイラってば結構フォンの事気にしてるみたい」
「そりゃあな。ああいう手段にでられると、気にせざるを得ないだろうよ」
ヴィッターはそう言って含み笑いをした。セニアスは海賊達との酒盛りの話を思い出す。
「フォンはそこまで見越していたのかしら」
盗賊はちょっと考えた。
「……そうかもしれんが…。おおむね地じゃねぇか？あいつのことは、俺にはよく分からん」
レイラはこもりっきりのフォディニーの部屋の前にいた。
「こらっ！このボケ男！いいかげん出て来やがれ！」
返事はない。しかし部屋の中で何か生き物がいる気配はする。
「出てこないなら力ずくで引っ張り出してやる！」
戸の向こうに向かってそれだけ叫ぶと携えていた剣を構える。一瞬の後に、賢者の部屋の扉はただの木屑と化していた。
「な、なにごとっ！？」
机に向かって何やら書き物をしていたフォディニーは目を丸くして剣を構えているレイラを見た。
「俺のほうが聞きたいよ、そんな事」
つかつかと部屋に入ると男の服の襟首をつかみ、そのまま部屋の外に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっとレイラ、苦しいよ」
必然的に首が締まる。彼は当然の抵抗をした。しかしそんな抵抗は空しく、情けない事にずるずると引きずられて甲板に顔を出した。
「お？生きてたのか」
「久しぶりね、フォン」
面白がって声をかける二人に、フォディニーは苦笑いを返すしかできない。
「たまには太陽にあたらねぇと、腐るぞ」
ぶっきらぼうに言い捨ててレイラは帆の方に行ってしまった。仕方がないので海図の方に歩いて行く。
「今どの辺り？……スカディナ？オリビア岬を目指しているんじゃなかったっけ？」
セニアスがエジンベアでの出来事を喋ると、レイラらしいと微笑が浮かぶ。
「それにしてもお前、その様子じゃ俺達が出ていったのにも気がつかなかったんだな。一体何やってんだ？」
「…うーん。今のところ僕にも方向性はつかめてないんだ。だから秘密」
「なんじゃそりゃ」
勝手にしろとばかりに盗賊は天を仰いだ。と、その空がにわかにかきくもる。雨だ。
「おっとっと…。海図が濡れたらこまるな。ノアニールの位置がわからなくなる」
いそいそと地図を丸める。フォディニーは雨を避けるために移動しながら、
「この地図は腐ってないからね、使えなくなっちゃったらもったいない」
と、マストの方にわざと聞こえるように言うのだった。