爆弾発言と一つの戦争
雨が降っている。これで何日連続で降っているのか。
「参ったね…。この先に川、ある？」
デルはサスクにできるだけ雨がかからないように木の枝と布を使って簡易の屋根を作りなおす。。
「うん…。大きな奴があるよ。きっと今増水しているわ」
「雨がやんでも水が引かないと渡れない。また川で足止めか。ナーアウはまさかここまで来ないだろうし」
「ナーアウ？」
「私たちエラシと交流を持っている海の民。私はナーアウの民と暮らす兄さんを探して北に行くの」
「ふーん、なんだか色々事情がありそう。私も似たようなもんなんだけどね」
いたずらっぽい声で言うサスク。が、それ以上言おうとしないので、デルも聞かなかった。
それでもまだ雨が降り続く。
「まずいかも」
「？」
「デーフェンリールは結構立地条件が悪くて、周りは川に囲まれているの。あんまり雨が降るようだったら…」
「それは確かに悪いわね」
しかし動けない。この場所で野営をはじめてから十日経つが、雨足はいっこうに弱まらないのだ。デルは残りの食料を見て舌打ちし、サスクにちょっと狩りに出てくるといって出かけていった。
「やれやれ」
そんなに大きな獲物は取れなかったがしばらくはこれで持つだろう。野営所の中に入るとサスクが自分のマントを布団代わりに寝息を立てていた。と、デルは見なれないものを見た。マントの下から、虹色に光る布のようなものが見えていたのだ。
「…？」
デルは何気なくそれに触れた。それは羽だった。
「そう言えば聞いた事がある。トゥーク･ポーリアの特徴は二枚耳だけでなくて、背中に羽が生えているんだって…」
綺麗だな。デルは純粋に思った。サスクが薄く目を開けた。おはようというようにデルは微笑んだ。寝ぼけ眼で起きあがるサスク。デルにお帰りというと、足の上にある自分のマントを見た。
「！」
とたんにサスクははっと顔をあげる。表情はデルから見えないが肩がわなないている。彼女の背に流れている水色の髪がざわめく。
「さ、サスク…？」
「見た？もしかして、見ちゃった…よね」
「その綺麗な羽のこと？」
盛大にため息をついてサスクはうなだれた。
「…見られちゃった。………でも、デルならいっか」
何やら一人納得をしている。わけがわからないのはデルだ。
「ちょっとサスク、一体何を」
「デル」
彼女の目をじっと見つめるサスク。こんなに見つめられた事はないのでデルはちょっとどぎまぎした。
「私、あなたのお嫁さんになる」
開いた口がふさがらないとはこの事だ。デルは何かを言おうとするが何も言えず、ただ口をパクパクするのみ。
「私たちの羽を見ることができるのは、結婚相手か、親か、自分の子供だけ。あなたは私の羽を見た。だから私はあなたと結婚する」
硬直して動けないデル。サスクは彼女のそばに座るとしなだれかかるのだった。そして彼女の頬に手を伸ばす。そのときやっと硬直が解けたデルは、サスクの肩をつかみ自分の体から引き離す。
「ちょっとまった！私は女よ。あなただって女の子なのに…」
「トゥーク･ポーリアはそんなことは気にしない。小さい事じゃない」
「小さくない！とにかく私は嫌よ。あなたの事は嫌いじゃない。むしろ好きなほう。でも結婚って……」
「嫌いじゃないならいいじゃない。とにかくこれが私たち二枚耳一族の決まりなんだから」
「私はトゥーク・ポーリアじゃないわ。勝手にあなたたちの決まりごとを押し付けないでよ」
デルはきっぱりといいはなつ。サスクはちょっとがっかりしたような顔をしたがすぐ立ち直った。
「まあ、その事は追々考えましょ、デル。で、あなたが私の羽を見たということは、私たちは飛べるようになったの」
トゥーク･ポーリアの民はその羽根を持って飛ぶことが可能である。しかしその羽を見たものと結婚しなくてはならないという掟のため、滅多に彼らが飛ぶ姿を見ることはできない。
「でも羽を見た人間と共にいる場合だけ、ま、郊外という制限つきだけど、そこまであっという間に、ね♪」
「あなたは飛んで行けるだろうけど、私は歩くしかないんだから」
「わかってないわね。あなたも行くの。その人に触れていたら一緒に飛べるわ」
デルはちょっと怖いと思ったが、結局はサスクの方法で行こうとおもった。ここでいつまでも足止めされるわけにも行かないし、何より空を飛ぶ、という行為にとても興味があったからだ。
似たようなことはした事がある。ジャングルの木々に渡っている蔦を使って、一気に森の中を移動した事がある。が、いくらそんな事をしても実際に空を飛ぶのとでは雲泥の差がある。それに他の仲間はそんなことをしないらしく、彼女を奇異の目で見たものだ。そもそもエラシの民は地上で狩りを続ける地の民なのだから、空に惹かれる事はない、というのが彼女の母親の言い分だ。しかしデルは、高い木の間からかろうじて見える蒼穹を自由に舞う鳥を見て、いつか自分も飛んでみたいと切に願っていた。
「わかった。今からここを片付けるから、ちょっと待ってて」
「私も手伝う」
二人は手早く十日間の生活をしたところを片付け、雨が弱まったところを見計らって飛んだ。サスクの羽は二人を包めるほどに大きく広がる。はじめは目を閉じていたデルだが、サスクが大丈夫だというので目を開いてみた。
「……鳥の目って…こんなものなんだ…」
細かい雨の事など、もう気にならない。眼下に広がる全てがデルにとって生まれて初めてだ。しっとりと濡れ、薄い光を受け輝く木々。ふかふかのじゅうたんのように見える大地。その上を餌を求め走る動物。
「私、見つかんないように結構苦労しながら飛んでたこと、あるんだ。見つかったらとっても怒られるから。それでもこの風景が忘れられなくて、いっぱいいっぱいとんだ。だから私はきっと、羽根の使い方は上手い方じゃないかなって思う」
サスクが照れを含んだ声でいった。デルは気のない相づちを打ちつつ、目に見える風景にみいった。
「あ、あれがデーフェンリール？」
「そうみたい。デル、あそこに直接は行けないから、その手前の岩陰に下りるわね」
そういったかと思うとサスクは降下をはじめる。それの邪魔にならないようにデルはじっと街を見ていた。降りるにつれ街の周りを流れる川が異常に増水している事がわかる。デルはその川の普段の水量を知らないのでなんともはっきりと言えないが、サスクもそれにひどく驚いているようだった。
「嘘…。あんなにいっぱい流れているなんて…」
「やっぱり多いのね。サスク、このままじゃ街が洪水になるわ。早く知らせに行かなくちゃ…といっても、あれだけ多いんだからもうみんな避難してるかな？」
「してないわ…できないのよ、今は！……まだ、闘っているから」
トゥーク･ポーリアがこのメニウの管理を行っている。管理といっても流通や民の悩み事をちょっと聞いているといった程度のものだ。どこの民族でもそれぐらいの事はやっているが、たまたま北の草原地帯というよい場所に彼らが住んでおり（南は山岳地帯と、ちょっと砂漠があるだけである）、他から人が集まって来やすかった。そこで、彼らがその辺りに集まる人々のまとめ役のようなものをしていたのだ。
「でも、それしかしてないのに、気に入らないって思う人はどこにでもいるみたいで、そんな人達が私たちにいきなり攻撃を仕掛けてきた。私は両親に、大事を取ってこの街から出ろって言われて、それでうまく行けば助けも呼べるって…それであの森にいたところをナッハっていうおじさんにつかまっちゃった」
悲しそうにいうサスクの頭をなでてやるとデルは走り出した。
「デル、どこへ！」
「なんとか助けられないか、ちょっと様子を見に行ってくる！」
叫び返して風のように抜けていった。