図書館
一歩中にはいれば本特有の匂いがしてくる。歩を進め、広い空間に辿り着いた時、デルとサスクは感嘆の声を上げた。
「すっごーい！これ、全部本？」
「…壮観ね…」
ギンカは作業をしにいったのでバレムが二人をカウンターの方に案内しながら言った。
「ここが中央書架。ほら、あそこの螺旋階段からずっと上まで昇っていくんだ」
「でもさ、こんなにいっぱい本があったら、目的の本なんか探せないんじゃないの？」
サスクが目を丸くしつつ聞いた。
「そうかもね。でもこの図書館に来る人は、特定の本を探すために来る人が少ないんだ。本が読みたい、それだけでここに辿り着く。でもそんな人ばっかりじゃないのは当たり前で、本を探している人のためにアリトンじいさんがいるんだ」
言いながらカウンターの反対側にいる椋犬のような生き物を指した。
「この人がアリトン・エアル。この螺旋図書館の司書をやってるんだ」
「おやバレム。こちらのお嬢さんがたは？」
「デルトオーヴ・ガリュトと…ええと、まだちゃんと名前聞いてなかったね」
「サスク・フェンディア。はじめまして、エアルさん」
司書はサスクに笑いかけた。
「はじめまして、とんがり耳のサスクさん。私の事はアリトンじいさんと呼んでくれるかい？もう何年もそう呼ばれていて、それ以外で呼ばれるとなんだか背中がくすぐったい」
目を覆う長い眉毛が揺れた。
「私はデル、と呼んでください。理由は…アリトンじいさんと一緒です」
にっこりと笑ってデルも言った。そしてこの図書館に来たら確かめようと思っていた事を聞く。
「あの…あなたはここの本のことをなんでもご存知なんですよね？」
「外に漂っている本以外なら、大抵私の耳に入る。デルはなんの本を探している？」
ちょっとためらったが結局言った。
「笑われるかもしれないんですが…私の本はありますか？」
「…ほぅ」
何かを考えているようにアリトンは頷く。バレムが彼に説明すると、長いローブを引きずってファイルが納められている棚に向かった。そのとき、カウンターに置かれていた本からものすごい音が響いた。
「なに！？」
「ああ…ついにやったか」
振り向きもせずにアリトンはつぶやいた。
「その本は…その世界は人間と、その被造物が巻き起こした戦いのせいで疲弊していた。しかし、その世界はまだ消えたくなかった。だからすべてを消し去るための噴火を起こしたのだ」
サスクがその本をとってぱらぱらとめくる。そこには物語としての世界がかかれていた。しかし、どこかにはこの世界が存在し、今まさに惨事の渦中にあるのだ。
「…誰か、生き残った」
「それもまた消えるかもしれない。幾度も幾度も世界はふるいにかける。そして世界にふさわしい存在を見つけ出して行くのだ」
大きなファイルを抱えてカウンターに戻ってきた。
「なんでそれがわかるの？」
二枚の耳を器用に動かしながらサスクが聞く。
「なんでだろうね。きっと今まで読んできた本がそうだったからかもしれない。かといって、全ての本がそういう風にするわけじゃない。例えばこれは世界として生み出されて以来変化がない。その上に生きる存在は変わっては行くけれども」
「ふうん」
じいさんが指した本を何気なくバレムが取った。と、開いたページからなにか高速の丸い物体がいくつも飛び出して行った。面食らった彼は思わず本を取り落とす。
「い、い、今のは？」
「ときどき、とても影響力の強い登場人物がいる本からは、よくそんな事が起こるよ。ここの本を読む時には注意が必要だ」
くっついた台紙を破らないようにめくりながら落ちついた声でたしなめる。バレムは落としてしまった本を拾ってもとのようにカウンターに置いた。おそらく誰かが借りに来るのだろう。
「…よし、デル。手をおだし」
首を傾げながら手を出すと、アリトンは持っていた杖の先を手のひらに軽く押さえつけた。杖を離すと螺旋階段の傍にある光の柱へ案内する。
「いっておいで。担当にその手のひらをちゃんと見せるんだよ」
いつのまにか手のひらに何かの形が浮かび上がっている。
「あーっ、私も行く！」
サスクがデルと一緒に光の柱のなかに入ろうとしたがアリトンに止められた。
「決まりでね、自分の物語という物はその人しか見せないことにしている」
「なんで？」
消えたデルのあとを見つめながら彼女が騒いだ。
「これこれ、図書館では騒がないように」
はぐらかしながらカウンターの方へ戻る。しぶしぶサスクも後についていった。その様子を見ていたバレムだが、彼にはなんとなく見せられない理由がわかった。ここの本のことだからおそらくとても細かい事まで書かれているだろう。例えば、デルの心の微細な動き。
「デルの気持ちは知りたいけど、もし僕がデルの本を読んだりしたら知りたくないことまで知ることになるものね」
アリトンにまとわりつくサスクをみて、そっと笑った。
「ところで…ギンカ達はどこだろう」
聞けば書架の上で本の移動を行っているらしい。襲撃で破損をうけたりすればその本、つまり世界の存亡にかかわる。だから安全なところに動かしているのだ。
「じゃあ僕も手伝ってくる」
「…私も」
司書にまとわりつくことをやめて、自分がここに来た理由を思い出したサスクも言った。
「サスクはとべるね？僕は僕でいくから」
「うん」
それを合図に二人は音もなく舞い上がった。周りの書架には所々誰かが立っており、目的の本を探し出している。時にはせっかく見つけた本を落としてしまい、あわてて下まで取りに行くものもいた。
「なんだか、普通の図書館と変わらないね」
「そうだね。ここは、大きくて、その蔵書が一つ一つ世界を構築している、ということを除けば、普通のところとかわらない」
しばらく上に向かって飛ぶと、友人の姿が見えた。
「ギンカ」
「来たなバレム。ここの本を地下書庫まで移してくれ。このあたりの本はそろそろ図書館に放り出されるけど、かといって好き勝手に壊すわけにもいかないからな」
「わかった」
「あ、手伝うわ」
そう言うと近くにある、本が詰まった巨大な箱に触れた。
「おいおい、こんなお嬢さんがそんなでかいもん…えっ？」
まるで箱に重さがないような感じで、サスクはそれを持ち上げた。
「地下書庫はどっちに行けばいい？」
あっけにとられたギンカは開いた口をふさぐこともままならず、ただ書庫の方向を指すだけである。
「じゃちょっといってくる」
そういって軽やかに飛んでいってしまった。
「…いったいなんなんだ、あの子」
「ギンカ、知らなかったっけ。彼女はトゥーク・ポーリア。かの有名な二枚耳一族さ」
「デーフェンリールの？だけどよ、二枚耳一族は人前で絶対飛んだりしないって聞いてたぞ」
「状況が変わったんだ。そしてそのきっかけは、デルが作った」
「デル？誰だ」
「エラシの戦士の一人さ」
「ふぅん。ああ、いつぞやお前が助けたあの女か。さっきトゥーク・ポーリアのお嬢さんの隣にいた…」
ギンカはじっと友人の顔を覗く。少し不快そうな顔をしてバレムは彼から離れた。
「なんだよ」
「お前さ…惚れたんだろ」
「うん」
隠す必要などないので素直に答えた。そのせいかギンカは少し物足りなさそうだ。
「お前なぁ…少しは隠すとかしてくれよ。その方がからかいがいがあるじゃないか」
「僕は君のからかいの対象じゃないぞ」
「…へいへい。じゃ、二枚耳の彼女が戻ってくる前に、もうひとつぐらい山を作っておくか」
「そうだね」
二人は本棚を挟んで相対する場所に立つとそれぞれ気をこめはじめる。次第に本棚からは本が飛び出し、近くにおいてあった巨大な箱の中に順序良く飛び込んでいった。そしてサスクが戻ってくるころには二つほど、本でいっぱいになった箱ができあがっていた。
「ひー。いくらお前とのセッションが一番いいからったって、こいつを空っぽにするのはなかなか骨だな」
そそり立つ空の本棚を見上げながらギンカはその場に座り込んだ。反対側ではバレムも箱によりかかるように立っている。
「確かにね。こんなことになるとは思わなかったよ。なぁギンカ、この図書館が狙われる理由、知らないのか？」
「知らん。たまたま俺がここに来てたらアリトンじーさんが頼んできてな。それでみんなに知らせた」
「そういえば他のみんなは？他のところ？」
「…そういやそうだ。他の奴らはどこに行ったんだろう？」
「ここもとりあえず一段落ついたから、みんなを探しに行ってみるかい？」
ちょっと考えてからギンカは頷いた。できるだけ多くの本を安全な場所に移動させなければならない。ここにはもうほとんど本は残っていない。
「そうだな」
「じゃ、残りの本を…っとぉ！」
本が入った箱を支えにしていたバレムは、サスクがそうと知らずに持ち上げたあおりで引っくり返りそうになるのだった。