goldfarbig Engel ６
「ついに…シリアもいない、か」
「カルス、おまえ何か聞いてないか？シリアから」
トミーが詰問し、カルサートはシリアが気が付いていたことを話す。そのあとミルセがいなくなったの騒ぎ。そしてシリア。
「……犯罪の性質から…ユーフィース国内に収まらず…第三国で取引なりをするのが通例だ…」
あごに手を当てたままうろうろするトミー。
「普通さ…人を運び出す…それもかなりの人数になるけど…、そういう時っておまえならどういう手段使う？」
ユーフィースは、北から西にかけて連なる険しい山脈が国境となっており、南東は海に面している。地図を思い出しながらカルサートも考えた。
「俺なら…船…だな。最近特に飛行機は神経とがらせてるし」
「ほかには…？」
「かなりの人数を移動させるなら、自家用の船ってのが一番だろうな。国境越えするにしても、あの山越えなきゃいけないからかなりシビアだとおもうし。ただ、自家用機飛ばせるならまた別だと思うが…」
「俺も同じところに行き着いた」
軽く頷いてから電話を取る。
「どこにかけるんだ？」
「この国で海外の船を受け入れられる港はそう多くない。そこをとりあえず閉鎖してもらうように、公安にいってみようかと」
「なるほど…。じゃあ俺も知り合いに、やばげな船ないか聞いてみるわ」
トミーはいやそうな顔をして友人の顔を見る。
「お前…んなことがわかるのか？」
「まぁな。任せてくれ」
「…いいけどな…つかまるなよ」
つかまった方が頭が冷えていいのかもしれないが。と頭の端で思ったが、口には出さなかった。少なくとも今は、彼の非合法ではあるが確実な情報網が頼りなのだ。
数時間後、カルサートが仕入れてきた情報によれば、国際港に停泊しているクロの船は二隻。明らかに犯罪組織が関わっているが、この国の中では目立った動きはないので見過ごしていると言う現状らしい。不審な船は数隻見つかったものの、偵察衛星が航路を追っており、今回の件とは関係がないということだった。
「……なんでそんなやばい情報が…」
「蛇の道は蛇、ってことさ」
得意げに指を振るカルサートと、対照的にげんなりとするトミー。
「まあいい。その二隻、どこに停泊してるんだ？」
「それが聞いておどろけ。おもにゲルセン大陸の方にいく船が集まる港に、二隻ともある」
「ゲルセン？」
「そうだ…クィンランド行きだ。ちなみに、おあつらえ向きに二隻のうち一つはクィンランド船籍だとさ」
沈黙。嫌な気持ちだ。
「なあカルス。あの教授さん、俺しゃべったことあるけど…悪い人じゃない。…なんとなくなんだが」
「シリアも同じこと言ってた。けどさ、直感は外れることもある。そうじゃないか？」
「そうだが…」
一度知り合いになってしまっているから、妙な情が移ったのだろうか？そんなに自分は流されやすかったのか？ため息をつく。
「とりあえず公安、その船にいってみることにしたらしい。俺たちもいこう」
「いけるのか？」
「俺ら、シリアの後見人というかなんというか、そんな感じになってるじゃないか。関係者は行けるとおもうが…」
「そういやそうだったな。あいつの家族代わりか」
「リテさんはいないしな。いくらなんでもジェイだけじゃ無理だ。だから頼む、って言ってたし」
「ここで頼まれなきゃやかんにぶっ潰されるな」
「確かに」
この間、流れおやかんにあたったときのたんこぶはまだ痛む。
「いこう、カルス」
顔にかかる水で目がさめた。頭の奥が鈍く痛む。
「痛っうぅー」
ゆっくりと起き上がり、どこかおかしくなっていないかを確認してから周りを見る。
「どこよここ。…それ以前に、ひどいことするよねぇ…人殴るなんて」
誰が殴ったのかは知らないが、ここにいれば嫌でも知ることになるだろう。
「それはそれとして、とりあえず逃げなきゃね。でも体力戻ってないし」
この状態で、どことも知れぬ部屋のなかから抜け出すのは危険だ。体力の回復が先決。そう思い、水のかからないところで再び横になった。
次に気が付いたとき、戸の前に人の気配を感じた。起き上がり、身を硬くする。しかし、気配は部屋の中に入ってくることはなく、そのまま消えうせた。
「…なに？」
不審に思いながら戸に近づき、ノブに手をかけると開いた。
「じゃあ…戸を開けるためにあそこにいたってわけ？」
そんな都合のいい話があるのかと頭の端で思っていても、ここで水をかぶりながら寝ているつもりはない。罠でも何でも構わない。ここから、生きて抜け出してやる。そうおもって歩き始めた。
気配を隠しながら歩こうにも、経験のない人間では不可能だ。すぐ見つかる可能性の方が高かったが、不思議と誰も気がつかないようだ。しばらくそのまま進んだが、前方から誰かの気配を感じた。
「！」
慌てて近くの扉に取り付き、開くかどうかを確認する。そのうちの一つが開いたので飛び込んだ。
「…ミルセさん！」
天井から床まで、太い鉄格子がはまっているその向こうにいるのは。
「ま、マッカードさん！？」
「こんなことって…いま、今開けます！」
「開けるって…」
「鉄格子から離れててください！」
言うなり彼女の背後に何かが浮かぶ。高速で鍵部分に体当たりしたそれは、何かと見極める前に消えうせた。
「そんな馬鹿な…」
あっけにとられているミルセ。シリアは壊れた鍵を投げ捨て、格子戸を開けた。
「早く！」
慌てて飛び出してきた。
「助かったわ」
「逃げましょう！」
「駄目。他の人…」
「！」
もしかしたら、リテたちもここにいるかもしれない。
「…探しましょう」
二人は部屋を飛び出した。しかし、そこを囲まれる。
「なんかへーんな音がしたと思ったら」
聞いたことのある声。
「なんであんた、こんなところにいるんだよ」
「エリヤ…さん」
「あれ？意外だった？気がついてるかと思ったんだけど。あんたなら」
予感はしていたのだが、認めたくなかっただけである。彼が誘拐犯の一党にいるのなら、グスタルドもかなり怪しい。シリアはグスタルドを信じたかったのだ。
「グスタルドさんも…まさか」
「教授？ああ、知ってるよ、俺のこと」
彼の答えは、彼女の直感は間違っていた、ということを示している。
「…マッカードさん。あなた、走るのは得意？」
「人並み程度に…」
「今走れる？」
「そこまで神経細くないんで。多分通ってくれてると思いますが」
「上等」
女たちは囁きあい、隙をうかがう。
「まったく。なんでこんな女まで連れてこないといけなかったんだか」
「こんな女って…」
もしかして私のこと？シリアは自問自答する。確かに、ミルセさんやリテ、アーリに比べれば容姿は劣るけれども。こうもはっきりと言われたらかなり嫌な気分だ。
「あんた、鋭すぎたんだ。だから、教授に見てもらってたんだよ。妙なことしないように、ってね。ただまあ、…あの襲撃をかわすとはなぁ」
おそらく、ナイフのことを言っているのだろう。下手をすれば死んでいた。それなのに、まるでゲームに失敗したような口ぶり。この上のない嫌悪を感じた。
「あんた…なんていったっけな？名前なんかどうでもいいや。さぞ幸せだったろ？教授にいてもらってさ。いい男に守ってもらうってのはどんな気分だ？」
「…」
シリアは黙っている。エリヤは調子に乗ってしゃべっていた。
「まあ、最後にいい思い出できたろ？もうあんた、ここから生きて返せない。おっと、お隣の美人さんは商品だ。なんで檻からでてるんだ？…まあいい。しかし、教授といると女がどんどん寄ってくるから仕事がはかどるはかどる」
得意満面に語る。もうすこし、もう少し。ミルセがそう、合図を送ってきた。
「さて、来週にはこの国ともおさらばだ。俺としても収穫があったから、いい学術出張になったよ。戻ったら金になるし。教授にはこれからもお願いしなきゃな」
欲望に取り付かれた人間はここまで醜い表情をすることができるのか。こんなときではあるが、思わずシリアは驚嘆した。
「グスタルドさんは…どこ？」
「さあな。あの人には手伝ってもらってるだけだ。俺の方が、実は上なんだよ」
「……」
上機嫌のこの男をみていると腹が立つが、ひとつ確認しておかなければならないことがあった。
「ひとつ…いい？」
「なんだよ」
「リテたちに…手は出してないでしょうね？」
「商品には手は出さない。これは最低限のルールさ」
「そう…」
「あんたは商品にはならないよ。そんななりだもんな。だからって手は出す気にならない。ほかの仲間も、あんたには手なんかださねぇよ。心配すんな。あんたみたいな危ない女、誰が相手にするもんか」
「いいかげんに…しなさいよ」
「おっと…。妙な攻撃はなしだぜ。もっとも…おともだちがいるかもしれないのに、ここを焦土にすることなんか、できねぇよな」
からからと笑うエリヤ。
今だ！
同時にミルセとシリアは走り出す。しかし、わらわらと現れたエリヤの手下らしき男たちが彼女たちを束縛する。結局、また昏倒させられることになった。