すべてを映す瞳　〜ある時間軸における出来事〜

　　Prologue
　
私の名前はピナス。時を往来し歴史を知るもの。誰も、もはや私の存在を知らず、また私も干渉しない。それが私の決め事。私の仲間たちと交わした、最初で最後の約束だった。もう彼らはいないがこれからもずっと守りつづける……はずだった。君がどうやってここにきたかは知らないが、私に会ったことは誰にも言わないでほしい。まあ言ったところで本気にされるかどうかは別だが。
　君の瞳は美しい紫をしている。仲間のことを思い出すよ。そうだ、せっかく出会えたのだ、少し話でも聞いていかないか？約束は破ってしまうが、君の瞳を見たらどうしても話をしてみたくなった。それにただの昔話だ、仲間も怒るまい………
　では始めようか……私の名はピナス。ずっと以前にある研究所で造られた被験体だった。

　　始まりのとき

　被験体ナンバー01、固有識別番号000012が私の正式名称である。その研究所は様々な能力を与えられた被験体が造られていた。例えば私には時を往来する能力がある。この額を見てごらん。銀色の結晶体と５枚の金色の羽がついているだろう。この二つを総称して「刻印」と呼んでいた。それぞれの能力は結晶の色で違い、強弱は羽の枚数で決まる。そして瞳の色でも決まった。私は残念ながら瞳も銀なので単一の能力しか持っていない。しかし普通の被験体はだいたい複合した応用的な能力を持っていた。
　ちょうどその頃、既存の被験体の細胞から新しい被験体を造り出す試みがなされていた。通常はまったく別の細胞から培養していくのであったが………「すでに能力を持ったものであれば…」、と研究者達は考えたのであろう。そしてその結果、成功したのは一体だけであった。被験体ナンバー18、固有識別番号781830通称シード、黒の刻印と明るい紫の…そう、君のような瞳だ、を持って生まれた。黒は………そう、黒は破壊の象徴、そして紫は移動の象徴。ゆえに彼は遠隔地への攻撃を最も得意としていた。
　皮肉にも。
　彼の元になった細胞の持ち主は赤の刻印、翠の瞳、生命維持と安定の結界の能力を持つ被験体ネオだったのだから……
　さすがに物に動じない研究者達も驚いていた。まったく正反対の力の被験体ができたのだからな……そんな研究者達をよそに彼はすさまじい力を示した。本来ならば『彼』と表現するのは適当ではない。シードは両無性、つまり男でも女でもなかったから。なに、驚くことはない。人工的に造られた人間はあまりまともな性を持ってはいないのだ。現に私は両性具有なのだ。そうだなぁ……47体中35体がそんなものだったかな。ああいけない。脱線してしまったな。とにかくシードは順調に力を伸ばしていった。
　何かがおかしい、と感じながら私はそこにいた。漠然とした不安、足りないものがあると思って私は暮らしていた。そんなある日、シードは私に聞いてきたのだ。
「ピナス、君は一番はじめに生み出されたのだろう？じゃあ何のために俺達が存在するのか、君なら知っているだろう？」
　何のため。
　そうだ、私の不安は自己の存在理由のないことからきていたのだ。一番始めに造られたとはいえ、研究者達の言った、『ただ生きて、結果を出せ』に一筋の疑問もさしはさむこともないまま生きてきた。私だけではない。シード以外の全員はそのために生きていた。ただシードだけが、自己の存在について考えたのだ。なぜ彼だけだったのかはわからないし、また知る必要もない。彼の問いは瞬く間に仲間に伝わった。そしてやっと研究者達は重い口を開いてくれたよ。
「おまえ達は兵器だ。この国を守るための兵器だ」
よくある話ではある。私の、時間跳躍力のおかげで様々な時代、様々な所で同じことが行われていたのを知っていたから。おろかなことをヒトたちは繰り返す。守るための兵器など存在しないのに。
　その頃私達の国は他国に侵攻していた。生物･資源の乱獲、無分別な政治活動・開発は国土そのものを痛めつけ、自然と呼ばれるものはとうの昔に無くしていた。生活のほとんどを輸入品でまかない、また同じ大陸にあるウィナム、ピーラの両国からは環境問題でもめていた。民の心をなごますペットになりうる動物さえもいなかった。国民はすさんでいき、政界では軍部が台頭してきた。そして5年前にピーラに侵攻を開始してからこの国は戦争状態だったのだ。当時もはや輸入品を買えるだけの金は無かった。（私達の開発費に消えたのだ!!）
　そのときから私達は戦いに出た。全戦全勝だったのは言うまでもなく、やがて私達の国はほかの国を従えるようになっていった。私達の存在は重宝され、町を歩くと英雄の扱いを受けた。勿論それは、私達の国の中だけであったが。
　さて、仲間の中にグロウという名の被験体がいた。彼女は（グロウは両無性だが、外観は女性に近かったのだ）左右の眼の色が違い、三種の能力を持っていた。赤・黄・緑の色を持つものとしては最高であり、その中でも特に再生能力が優れていた。具体的にいうと死んだものを生き返らせることができたのだ。ただあまりにも時間の経ちすぎたものは再生できなかった。少しくらいなら私が時を操るがそれにも限界がある。ともかくそのグロ　ウがめずらしいことに私を誘って散歩に出た。普段は命令されてやっと動きだすぐらいなのだ。
　別に何の目的があるわけでもなくふらふらと歩いていると、被支配国からつれてこられた奴隷の部屋の近くに来た。手前には処刑所がある。少し離れたところには、まだ埋められていない死体の山。私としては見慣れていないので（私はあまり前線には出なかった）早く立ち去りたかったのだが、グロウは立ち止まり詠唱をはじめた。詠唱は精神を高めるために行うのだが、とにかく彼女は死体を生きかえらそうとしているのだ。やがて声が途切れ暖かな空気があたりに満ち始める。死んでから時間がたっていたのだろう、成功したのは一人だけだった。女奴隷は傷だらけの体で身じろぎし、開いたその瞳はにごっていた。
「………………？」
まだ焦点の合わない瞳。グロウはにっこりとほほえむと声をかけた。
「良かった」
深い眠りからいきなり起こされたときの機嫌の悪い表情が消え、憤怒の表情になる。
「何で眠らせてくれないの！やっと楽になれると………」
怒りから哀しみへ、感情の動くとおりに声調も変わる。後の言葉は続けられずにただすすり泣くだけであった。
　グロウは困った風でもなくこう告げた。
「じゃあ元に戻すね」
それが合図だったのだろう、泣く女はグロウの言葉を聞いたとたんに険しい顔になり………そして死んだ。そこで起こったことは何もないかように。
「グロウ、なぜ？」
立ち上がろうとする彼女に、名も知らぬ奴隷の目を閉じてやりながら聞いた。
「ピナスは感じなかった？このあたりにはかなりの思念がある。その中で一番強かったのが『もっと生きたかった』というものだったからそのとおりにしたんだけど……」
少し首をかしげながら続ける。
「……でも望みがかなったのに死にたいなんて……ヒトって変な存在だと思わない？ピナス」
「あ、ああ…」
正直言ってあの女がなぜ、死なせてくれ、といったのか私にはまったくわからなかった。確かに、感知能力がまったくない私にさえもわかるほどの思考はあったのだが。が、奇妙に心に残った。グロウはそうでもないようだったが。