ダイコンがいっぱい 前編
「劇ぃ？」
「うん。私達に依頼」
「しかしなんでまた…」
「先輩の知り合いの人が国家研究室非公認のアマチュア劇団を作ったの。でもまだまだ人が足りなくてデビュー作すらもままならないような感じなんですって」
「じゃ、先輩からの依頼ってわけか。同じ職場で働いている以上無碍に断ることもできないな…」
「とはいえ、なんだって俺達がそんなこと…」
「だから無理にしてくれなくていいよ。でもあと五人足りないの」
「五人？私と、リテと、トミーと、そこの変な奴と…」
「おい」
「他に誰を？」
カルサートの声を無視して言葉をつなげるシリア。
「ジェイ君がいるじゃない。子役が一人ほしいんだって」
「俺達はド素人だぞ。それでもいいのか？」
「うん。その知り合いの人も今まで一度もやった事ないって言ってた」
「それでよく劇団なんか作ろうと思ったな…」
あきれた声を出すトミー。横ではカルサートがうんうんと頷いていたりする。
「でもさ、面白そうじゃない？」
「そうだなあ。仕事に支障がなけりゃやってみてもいいかもしれない」
「え、なんでそんなに乗り気なんだ？……ま、いっか。俺は仕事やってないからヒマだし」
「一回しかできないっていうのでもいいなら」
「じゃあ満場一致ってことでいいのかしら」
「ジェイの意見は…」
「さっき電話して聞いたけど、彼、結構乗り気だったよ」
肩をすくめるシリア。そう言うわけでなし崩し的に劇に参加する事が決まってしまった。
で、そのミーティングである。
「……出し物としてはファンタジー。それも冒険物。まあＲＰＧと言った方がしっくり来ると思うけど」
「えー。お姫様とか出てこないの？」
リテが声をあげた。
「出て来るけど出番は少ないよ。それでもいいならクロットフィーナさん、やってみる？」
「出番が少ない？じゃ、やめた」
「……」
劇団長はまだ若く、シリア達とは旧来の友達のようになってしまった。それで先のような会話とともにミーティングは進んでいくのである。
「ストーリーはどんなものなの？」
「それが忙しくてまだ決まってないんだ。公演まではまだまだ時間があるからおいおい考えようと思ってたんだけど…。君達の中で作ってくれたらうれしいな」
「いいかげんな…いやなんでもない」
つぶやいたカルサート、シリアとリテに思いっきり足を踏まれたのでとりあえず黙った。
「とりあえず冒険者達がなんとなく寄った町でなんかあって、成り行きでつかまったお姫様を助けに行くということは決まってる。細かいストーリーが決まってないだけだから、たのむよ」
「頼むよったって、それってほとんど決まってないのと同じじゃないか？」
「そうとも言う」
ちょうどそのとき、数少ない団員が劇団長を呼びに来た。だからそのあとは彼らだけで決める事になった。
「ちょっとカルス、あんたが一番ヒマなんだからあんたがとりあえずシナリオ書いてちょうだいよ」
「おい待て、勝手に決めるなよ」
「だって俺達はみんな仕事と掛け持ちになるんだ。ジェイだって学校があるんだしさ」
「というわけで兄ちゃん、あとよろしく」
四人はそそくさと散らばっていった。
二回目のミーティング。
「こんなもんでどうだ？」
「うーん。シナリオとしては悪くない。けどこの配役は」
「俺の独断と偏見と、天性のカンでえらんでみた」
配役は以下の通りである。
冒険者のリーダー
カルサート
他の冒険者達 トミー
リテ
案内役
ジェイ
悪役
シリア
お姫様
劇団の人
「どだ？」
無言。とくにシリアは妖気を放っている。
「謎の魔人おやかんにさらわれた美貌の姫をお助けに参じる、伝説の冒険者！うーん、燃えるね」
「魔人…おやかん…？」
「そう。あたりかまわずヤカンを投げ飛ばし、一投げで一面を焦土に変えてしまう力を持った魔人」
シリアが妙に黙り込んだのを気にしつつリテが口を挟む。
「で、でも劇団の人を差し置いてわたしたちが主役クラスを占領するのもよくないんじゃないの？」
「ああ、別にそれならいいですよ。あなた方も団員ですからね」
と、劇団長。カルサートはしゃべりつづける。
「そんな強力無比、極悪非道な魔人に向かうかっこいい剣士、俺！」
もはや自分のことしか見えていないようだ。だから彼の頬を掠めてやかんが後ろのベニヤ板にめり込んだ時、そのままの姿で凍りついたのだった。
「ね…姉ちゃん…？」
「自分だけ…いいほうに回るなぁぁぁぁ！！」
ついに切れたシリアはしばらく彼を追いまわしつづけた。
醜い争いの結果（笑）、役柄変更。
冒険者 シリア
トミー
リテ
役立たず魔道士
カルサート
案内役 ジェイ
悪役
劇団長
お姫様
劇団の人
「これでよし」
文句をつける人間はいま、どこからともなく出てきたヤカンの山に埋もれてぴくりともしない。トミーとジェイは冷や汗を流しながらカルサートの冥福を祈った。
「さて、これで役が決まったわ。これからミステリアスでロマンチックな物語が…」
劇団長が思い出したように付け加える。
「あ、今回はギャグで行きたいんで」
思いっきりひっくり返るシリア。そんな様子を見ながら今回は黙っていたトミーが、なぜ先輩が自分達を推したのかを噛み締めているのだった。
劇の練習に入ったのはいいが、何しろ一人を除いて他にやるべき事を持っている。その一人、カルサートは一日中練習をしたり、劇団員を手伝ったり、要するに入り浸りで、一週間に一度、全員が揃う時にうまく演技が出来ないもの（特にシリアに向かって）嫌がらせをする。もっともあまりひどくするとやかんの山につぶされるので、そこは見計らっている（らしい）。
「ほらまた失敗だ。おまえ、記憶力悪いなぁ」
「ほっといて。どこかのプーみたいに一日中台詞覚えに当てられるわけじゃないんですからね」
「あーあ…こんなことになるんだったら、やっぱり最初の配役がよかったんじゃないか？」
「じょうだん。だいたい主役しかしゃべってないような台本を書いたのは誰よ？トミーにいたってはほとんどしゃべる事がないから、後から書きなおしたぐらいだっていうのに。…ほんっと、自分の事しか考えてないのね」
「まあまあふたりとも、仲が良いのは結構だけど、それどころじゃないわ。早くこのシーンを覚えてしまいましょうよ。いいかげん私もつかれてきたわ」
リテの声がしわがれっぽくなっている。声の出し過ぎのようだ。そこにいた全員が同じような状態だった。
「そうだな。ま、俺は覚える台詞が少なくてやりやすいと言ったらやりやすいんだけど」
トミーがいたずらっぽく言う。隣ではジェイがのんきに足をぶらぶらさせている。どうやらかなり飽きているようだ。
「ジェイが飽きてるみたい。早く今日のところを通してみよっか」
こんな調子である。大道具のそばで劇団長は頭を抱えるのであった。
どうにかこうにか劇も形になり、初日が来た。
「ああああああ。緊張する」
「本当。こんなに緊張するもんだったなんて」
衣装に着替えたシリア＆リテは舞台の袖でひそひそ話をしていた。
「それにしてもこの衣装…さむーい」
「ちょっと厳しいわね、それ。この季節に肩を剥き出しにするっていうのも冒険よね」
「一体誰がこんな服、誰が決めたのかしら」
「おーれ」
いつのまにかカルサートが二人の後ろに立っていた。彼は魔道士ルックに身を包んでいる。顔はにこにこ笑っていた。
「……出たな役立たず魔道士『ザーゲンティ』」
「そんな言い方ねーだろ？たまにはそんな格好してもいいんじゃないか？女みたいだし」
「女みたい？私は女よ。まったく…。あんたはいいよ、そんなぞろっとしたの、着こんでるんだから」
「まあいいんじゃないの？新鮮で。な、美貌の槍使い『ライラ』さん？」
「そうよ。この劇の間だけだから」
リテがカルサートに同意する。その時に最後のミーティングをすると言って、トミーが呼びに来た。