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　　　　　　　　　　月齢十四・九の夜
　　　　　　　　　　星から削り出した翼を身に付け　
　　　　　　　　　　彼らは空へと舞いあがる
　　　　　　　　　　突き出された腕の中に
　　　　　　　　　　彼らの本来の姿を抱きとめようとし
　　　　　　　　　　ひたすらもがくだけである事を
　　　　　　　　　　彼らは理解していた
　　　　　　　　　　七色の光をかきわけて
　　　　　　　　　　心の深淵にたどりつけたのならば
　　　　　　　　　　彼らの思いは実現するのだろう

　　　　　　　　　　　　　　　　　予言書「月の項」より抜粋

　一

　そしてその日四度目の叫び声が屋敷中に響き渡った。
「こ、この大馬鹿者がぁぁ!！」
　続いて天地を揺るがすような爆発音が起こる。
「あら、またですか」
「毎日毎日飽きないものですね」
「今度はなんでしょうね」
「私、カルサートさんが調合を間違えた、に千アルダス」
「では私は、シリアさんの本に薬品がかかった、に五百アルダスを…」
　音源から五部屋ほど離れた休憩部屋では、メイド達が雑談を繰り広げている。どの顔もおよそ爆発が起こった時にするような顔ではない。むしろ面白がっているような感がある。なぜなら彼女達は、音の割には被害が大きくない事を知っていたからだ。
「まあ一応様子を見に行きましょう」
「そうですね、たぶん大丈夫だとは思うんですが」
　もうもうとした煙の立ちこめる部屋に、一組の男女がいた。まだ二十歳前半であろうというその顔は、知的ではあるが、憔悴しきっておりススだらけだった。翻って同じく二十歳前半ぐらいの男性はまったくの無傷であり、悪びれた様子もなく椅子に座っている。
「お前は…何回私の本をだめにしたら気が済むんだ……？」
「そんなこと言ったって、実験室にそんな都合のよさそうな本を持ちこんでくるような奴に言われたくないよ」
「何が『都合のよさそうな本』よ。私の本は、あんたの実験材料じゃないのよ」
「確かにそうだが…それならこちらから聞くぞ。今は俺の助手のはずだろ？なのになんで考古学の本なんか読みながら手伝うんだよ？」
「誰が助手よ、もともとこの部屋に先に入ってたのは私なんだからね。後から来る人間がここまでずうずうしいやつだとわかってたら、譲る事に同意なんかしなかったのに。だいたい今日あんたがだめにした本はまだほとんど読んでなかったのよ。人には言えないような苦労をして、やっと、や―っと手に入れてきたのに…あれがあれば研究が格段にはかどったはずなのに…ああ、かわいそうな私の本…こんな変態の、たかだか紙爆弾ごときの犠牲になってしまって…迷わず成仏するのよ」
　女性、シリア＝マッカードは一気にまくし立てると男性、カルサート＝フェイリアスに一瞥をくれ小さいヤカンを投げつけると、そこに置かれてあった膝掛けに顔をうずめる。カルサートは一瞬何が起こったのか理解できなかったが、飛んでくるヤカンを見て我に返った。
「俺は変態じゃない!それに紙爆弾なんて言うな！指向性超薄型中性子爆弾『ジャワ―ノー』君ファイナルのモデルその一だ」
　シリアは顔を上げて彼をにらみ叫んだ。
「その時点で変態だって言うのよ！何がファイナルよ…あんたのこんな研究で、どれだけの人間が苦しむかわかっているの？」
「そんな事は研究者には関係ない！！それは使う人間が考えるんだ、俺達研究者は、研究ができりゃそれでいいんだ」
「そんなのおかしいよ。間違ってるわ」
「俺はそれでいいんだ」
「……この件では平行線みたいね。とにかく！私の研究は国の命ではじめたのよ。とっとと片付けてしまわないとこの国から追放されるわ！」
　カルサートも負けてはいない。彼は椅子から勢いよく立ちあがると大声をあげる。その時に薬品の入ったビーカーが傾いたのを彼は気づかなかった。
「俺だって軍部からの要請なんだぞ！お前の、そのくだらない予言の解読なんかよりずっと有意義だ！」
　彼は力任せに机をたたいた。と、ビーカーから液体がこぼれ、下に置かれてあった紙の束にかかる。

　そしてその日5回目の、悲鳴と今までで一番大きな爆音が響き渡った。

「で……」
　屋敷の主人であるコルグ＝リーアは、あふれ出ようとする感情を必死で押さえ込みながら聞いた。
「だから前々からこの人の助手はやめさしてくださいって言っているじゃありませんか。私は一応考古学者なんですから。いくら人手がないからって、あんまりですよ。早く研究室と交渉して、私の個室を確保してください」
　噛み付くように言ったのは、自分の今までの研究結果を必死で守り、かつ驚異的な素早さと体力（別名　火事場の馬鹿力と言う）でもって、文献とカルサートを外に連れ出したシリアだった。
「だいたいまったく種類の違う職種の人間が、一つの場所を共有する事自体が間違っているんですよ」
　カルサートもうなずく。しかしコルグは冷淡な目を二人に向けたままだ。
「まあ、その事はおいおいカタがつくと思うが…ほかに言うべきことはないのか？君達はこの惨状をどうする気なんだ？」
　言われてあたりを見まわすと、屋敷自体にはあまり被害はないのだが、庭はお世辞にもきれいとは言いがたい。
「…え…と…」
「………」
　コルグは口篭もる二人を見ていたが、やがてあきらめたような口ぶりで続けた。
「頼むから！…しばらく休んでくれ。この件はそれぞれの機関に伝えておくから」
「…はい」
「承知しました…」