時間の狭間
　　　
　当時私は仲間のまとめ役をしていた。たまたま一番始めに造られたので、基本的に後の者たちの創造に立ち会うことができたのだ。それゆえ、全員の性質をよく知っていた。そういったことで私はみなにヒリエッタの件を伝えた。
「一応わかっているとは思うが言っておく。探り出せというのは、使えるのなら奪い、そうでなければ破壊しろ、ということだぞ」
　防御・回復系の刻印を持つものは単純というか純朴というか、言葉をそのまま受け取るきらいがあるので注意しなくてはならない。しかし、熟考することに長けているので、作戦を練るにはうってつけの相談役であった。対して、黒・青・紫の攻撃・移動系の刻印を持つものは瞬間の判断や言葉の駆け引きに長けていた。………えっ？銀……私は……銀はどちらでもなかった。今でもよくわからないのだ。
「とは言うけれど。ピナス、帝国側の防御網はどの程度のものなのだ？」
　聞いたのはウーディー、刻印や眼は言うまでもなく髪さえも緑という、防御壁を造らせたら彼の右に出るものはいないほどの能力者だった。
「それは先ほどコンピュータに検索させた。じきに結果が出るだろう」
「でも兵器がある、ということを探るだけで大勢死んだのでしょう？」
　ネオが返してくる。
「そうだ。しかし情報なら入ってくる」
「あっそうか、ティアーズか！」
「ああ。彼女が今検索を手伝っている」
　ティアーズは情報収集や情報操作に長けていた。この国のヒト達への報道はすべて彼女が管理していると言っても過言ではない。
『ピナス、大部分は引っ張り出せた。今から送るから』
　部屋のマイクからティアーズの声が流れる。
「よしわかった。だけど『大部分』とは？」
『ほんの少しだけ異質なシールドがかかっている部分があって…それと気になるのが、ハッキングが簡単過ぎたこと。死人が何人も出るような機密のはずなのに、それにしては楽過ぎた……』
「…………」
　しばらく考えた末に、ティアーズにこちらに来るように伝えた。
『りょーかーい』
　少々間延びした声を残しマイクが切れた。同時に受信機から資料が送られてくる。取りに言ったシードが驚きの声をあげた。
「何だ、このシールドの張り方は！？こんな張り方をしたら相互干渉を起こして打ち消し合うはずなのに」
　見ると、５層のシールドが張られているが間隔が狭い。違う種類のシールドをこんなに密接して張ることができるのか……
「ウーディー、こんな張り方はできるのか？」
「…できる。非常に難しいが。これは、……type5621-Bだ」
「type5621-B？」
「防御壁を張る技術は勿論のこと、地理的条件、天候、気温、果ては術者の体温にまで厳しい基準があるんだ。温度が万分の一狂っても成功しない、机上の空論としてか存在してなかったのだが…」
「で、防御ランクは？」
「SS以上だろうな。…シード、おまえの戦闘ランクはいくらだ？」
「確か、もう少しでトリプルＡになるが」
　シードの答えを聞いてウーディーはしばらく考えていたが，やがて部屋のメインスクリーンを操作するパネルへと移動した。
「防御ランクは戦闘ランクで決められるのはみんな知っていると思う。Ｃ・Ｂ・Ａ・ダブルＡ・トリプルＡ・Ｓ・ＳＳの七つのランクでこの二つの能力を決めているのだが、例えばトリプルＡの攻撃に耐えられるシールドはＳＳとみなす事ができる。ただ、ＳＳの攻撃を耐えられるものもＳＳとなる。つまりはＳＳの中にもいろいろあるんだ。このtype5621-Bは上位になる。SSの中でもね。だけど、これを見てくれ」
　メインスクリーンいっぱいに浮かび上がるシールドの断面図。
「一ヶ所だけ破れやすいところがある。それがここだ」
　半円状になっている五層のシールドの頂点に印が出る。
「唯一ここだけ、外から二層分だけしかシールドの効果が出ないんだ。帝国もそれを知っているから…」
　ティアーズが送ってきた資料をうつす。
「この場所にだけ外部からの攻撃に対する迎撃装置が置かれている」
「ということは……」
　私は口を差し挟んだ。
「少なくともトリプルA以上の攻撃力で、その二層と装置を破壊しなければならない…」
「そのとおり」
　満足そうなウーディー。そこにネオが口を開いた。
「でも、私はティアーズがあまりに簡単過ぎた、と言っていたのが気になります。もしかして偽情報を流しているのでは？」
　黙りこんだ一同に戻ってきていたティアーズが声をかける。
「多分type5621-Bの情報は本物だと思う。…………例えば強力なシールドがあると思わせる。私達はそれに見合うだけの攻撃を行う。警備が貧弱だったら、すぐに突破されてシールドも破壊されてしまう。…普通はそんなリスクの高いことはしないし、ましてや相手はシェイナよ。きっと守りは堅いはず。……後はわからなかった部分よね」
「ティアーズでわからないなんてねぇ」
　ほとほと困り果てたと言う様子でネオとティアーズがため息をつく。そんな二人を見ながら私はシードに声をかけた。
「シード、君は確か詠唱をしていたな？テストのときもそうなのか？」
「いや、テスト時の詠唱は禁止だったはずだぞ」
「ふむ」
しばらくの後、
「よし、ウーディーを中心にしてシールドが張れる者はtype5621-Bの対策。ティアーズはその手伝いをしてくれ。攻撃系、特にトリプルA以上のものはどれくらいの規模で攻撃できるのかを正確に把握すること。回復・移動系はウーディーの報告を待機」
「ピナス、あなたは？」
　移動系のクラウドが聞いてきた。
「私？私は跳ぶのさ。さあ各自分かれよう」
「ピナス！」
　出ていきかけた私をネオが呼び止める。
「…グロウが居眠りしています……」
「………………」

　一口に能力といってもいろいろある。ティアーズのように普通時から発揮されるもの、詠唱を行わなくても発揮できる程度のもの、そして詠唱を行い精神を高めてはじめて発揮されるものなどなど。私が行おうとしていた時間跳躍は最後の部類に入る。私の意識を投出して時間の流れに逆らう。時間の流れは強く逆らうのは大変なので、実際のところあまりやりたくはない。いつもその後一日は動けなくなるのだ。
　自分の個室に入ると寝台の上に座った。決められた印を踏みながら紡ぎ出される気の流れ。高揚感とともに意識がより鮮明になる。
「時空……飛翔！」
　合図とともに意識が拡大し同時に周りの景色が変わる。目当ての時空を探して跳びつづける。なぜ私が過去に行く気になったのか。確かにその時間を狙えば、兵器とはどういうものなのか、情報はどこまで正しいのかはわかる。が、何よりも言葉では言い表せない“焦燥感”があったのだ。
「やはりハッカー対策のための偽情報だったか。これでは半端な攻撃だと返り討ちにされるな。………ん？」
以前にも言ったが私には感知能力はない。しかし時間飛翔は精神体で行うので私ですらも少しはわかる。とはいえたかが知れているのだが…そのときはひどかった。今まで感じたことがないような強い念。空間に満ちてくる想い。体内に入り込んだ異物を排除する免疫系のように、違う時空から来た私を追い出そうとする。
「ダレだ」
「オまェ、コこのモノデない」
「デテイケ」
「でていけ」
　取り巻く声・声・声。なすすべもなく私の意識は奔流に飲み込まれこの時空から押し出される。その瞬間、ほんの、本当にわずかな、私が時の流れから顔を出し、元の時空に戻ろうとした瞬間に、何かの視線を感じた。ひとつのものではない、いくつもの視線が集まってひとつのことを訴えていた。たすけて、と。

「ピナス、ピナス！」
　目の前にはウーディーの心配そうな顔と、ネオの疲労困憊した顔があった。
「いつもなら一日だけ休めば元気になるのに、四日たっても目を覚まさないから…俺…」
「……心配かけてすまない…ウーディー、ネオ……」
「良かった、力を注ぎこんだ甲斐があった…」
　どうやらかなり衰弱していたらしい。まだあの声が、いや、声ではない。ただの視線だ。どうしたのだろう。私はどうなったのか、わからない、わからない、わから…
「ピナス！」
　ぱちんと何かがはじけた。
「あ…ああ…」
　　ウーディーはその神秘的な緑の瞳を潤ませながら私を見ていた。ネオは疲れた体を休ませるために出ていった。じっと見つめられることに慣れていない私は気まずさを感じて起き上がろうとした。ウーディーが手を貸してくれた。びっくりするほど間近に彼の瞳がひらめく。ともすれば吸い込まれそうになる気持ちを瞳からもぎ離してたずねる。
「その後は？」
「防御壁の突破法は初見のとおり頂点の破壊のみ。トリプルA以上の攻撃力を持つものは三人、うち二人は詠唱により上位SSランクになる。特にシードは遠隔攻撃できる距離が段違いに伸びるようだ。後は君の言ったようにみんな待機しているよ」
「了解。ところで今、何時だ？」
「真夜中だ。召集するにはちょっと厳しいな」
　もう少し横になっておくか、それとも見てきたことをまとめておくか…そんなことを思っていると、ウーディーがもう少し話をしたいという。
「ちょっと気になることがあるんだ」
　スツールに座りなおす彼。
「何が言いたいのかよくわからないんだけどね…俺、君のそばにいると一番落ち着くんだ。始めは単一の能力を持たないもの同士だからだと思った。でも違う。君だけだ。だから…」
　黙りこんだ彼を私は直視できなかった。体の奥で何かが燃えたような気がする。
「……やっぱりよくわからない」
　それだけ言うと出ていきかけたので、思わず私は声をかけた。
「だから、なに？」
「君を守りたい」
　それだけ言って戸の向こうに消えた。

　多分ウーディーは感情を持ち始めていたのだと思う。けれどもその時には私も彼もわからなかった。そして彼は、最後までその不安定さがなんなのかわからなかった。所詮、作り物でしかない私達。感情など無いはずの存在。私やウーディーだけでなく、あの頃から全員様子が変わっていった。

　朝、再び召集をかけたが…
「ティアーズはどうしたんだ？」
「それがピナスと入れ替わるように気を失ってしまって…まだ動けないの」
　聞けば、もう一度ハッキングを試みていたらしい。異質なシールドを抜けたと言ったきり倒れたという。
「みんな、聞いてくれ。シェイナの守りは非常に堅い。攻撃系でA以上のものは何人いる？」
　七人が手を上げた。
「そのうちトリプルAの者にはtype5621-Bの破壊を行ってもらう。残りは後で話し合おう。次に防御系だが…精神攻撃に耐えられるシールドを張ることができる者は何人いる？」
「ちょっと待てピナス。どういうことだ？」
　防御系のサイル。
「多分…いや確実に私とティアーズが倒れた理由は同じだ」
　私は時空間で見てきたことを語った。感知能力がある者は眼をひそめる。
「じゃあ、感知の人は余計に行けないねぇ〜」
　眠そうな声のグロウ。
「確かに。感知力が少しでもある者は出ていってくれていい。むざむざ崩壊しに行くようなものだからな。しかし、攻撃系で感知能力がある者はすまないが残ってくれないか？……グロウ」
　ふと目を向けると日なたで眠る猫のように目を閉じている。私はそばによっていって、めったに出さない大声で、
「わっ！」
　効果抜群。きょろきょろする彼女に気を落ち着かせながら聞く。
「お前は精神攻撃のシールド、張れるか？」
「う、うん」
　ウーディーが口を挟む。
「俺にも張れるぞ」
「いや、君はほかのところのサポートをしてもらう。兵器の性質上、再生・回復能力を持つグロウのほうが都合が良い」
　言い終わってグロウの方を見ると、眠り込んでいる彼女の姿が目に入った。