兵器　

「君に与えられた役目の復唱！」
「………え…と、敵の精神攻撃に対する防御。ならびに破損被験体の回復…だったっけ？」
「だったっけ？じゃないわよ！あれから何回復唱させていると思うの！」
「46回」
「あーもうっ、そんなもの数えなくていい！」
「こらクラウド、グロウ、何をやっているんだ？」
「あ…サイル」
「これから出発なのに、心ともないなぁ」
「あなたは一緒にいかないから気楽に言えるけど、私は一緒に行くのよ！しかも最後まで！！…まったく、あんまり怒らせると君だけ置いて脱出してやる」
「そりゃないよ、クラウド〜、まじめにやるから置いていかないでね」
「何やってるんだ、お前ら？」
「シードぉ、クラウドがひどいんだよ。私だけ置いてけぼりにするって言うんだよ~」
「そりゃグロウ、普段のお前の言動からすれば当然だな」
「そんな、ひどい…」
「それよりさっきから召集がかかっているんだが、気がつかなかったか？ピナスがおかんむりだぞ」
　3人はようやく私の存在を思い出してくれたようだ。いろいろと言いたいことはあるが今はそれどころではない。
「やっと全員そろったな。これから出発するが、質問はあるか？」
「ヒリエッタは報酬と言ったようだけど」
　ネオが言いかける。
「…それは成功してから考えよう」
「違う違う、私達のような存在にそれが必要なのかと言うこと何だけど」
「まあ確かにそんな疑問は当たり前だろう。けれどもそれは、ヒリエッタが『私達はヒトと同じ』と考えているという事ではないかな。そう考えていてくれるなんてありがたいじゃないか」
「そうよね……」
「ほかには？」
　全員黙っている。
「では出発だ…ウェイ」
　答えの代わりに詠唱をはじめる。実のところ気がかりが無いわけではない。ティアーズは何を感じていたのか。彼女の意識が戻っていれば兵器とはなんなのかもっとはっきりとわかるのだが、回復を待つことはできない。すでに四日の無駄にしているのだ。ヒリエッタは何も言わないだろうが、所長にいろいろと言われるのは嫌だ。
　空間がひしゃげていく。移動を開始したのだ。私が時を跳ぶ時とは違い意識の開放感はない。逆に妙な圧迫感を感じる。
「ピナス、まだ本調子じゃないんだからわざわざ来なくても良かったのでは？」
　問いかけるネオを見て私は、
「確かにそうなんだが、どうしても確かめたいことがあってな」
　と答えた。あの声の波が念頭にあったのはいうまでもない。

　シェイナの首都は山間にあり、地理的な理由だけでも十分に攻めにくかった。加えて一人一人の兵士達も優秀で、今までわが軍は勝ったことがない。山の中で不慣れなうえ、その兵士たちに狙い撃ちにされるのだ、ひとたまりもない。
　現在、私達は兵器があるとされている建物の近くにいた。一見何の変哲もないような様子なのだが…
「うわっ、これ…は…」
「ひどい！」
　感知能力を持つものが悲鳴をあげる。
「ウーディー！」
　わかっているとばかりに防御壁を張る。しかしそれでも苦痛に顔をゆがめるものがいた。ウーディー本人も苦しそうだ。そこへクラウドが声をあげた。
「もう少し…どう…にかならない…か？」
「すまない…でもこれ以上強度を上げると、帰りまで持つかどうか…」
　申し訳なさそうに言う彼。しかしましになったとはいえ苦しそうな彼らの姿を見るのは私としてもつらかった。
「わかった。グロウと…後二人、特にSS以上のシールドが張れるものがいいが、それ以外の防御系はシールドを張ってくれ。しかし、よくもまあ防御系を多くしておいたものだ」
「君の指揮が良かったんだよ」
　落ち着いたウェイが言う。
「まさか。偶然だよ。じゃ、行こう」
「あっ、ピナスが照れてる〜」
　グロウのからかいは黙殺。
「しかしtype5621-Bにも精神攻撃に耐えられる能力はあったはずだが？」
「というと？」
「入っていくことも出て行くこともできない」
　ウーディーによると、極端な話、強度さえあればシールド内で核爆発が何度起こっても、外にはまったく影響しないそうだ。あくまで『強度があれば』の話だそうだが。
「じゃあもしかするとtype5621-Bが張られたのは、兵器があまりにも強大で、それを押さえるためなのかな…」
「そうかもしれない。でもそれって、ものすごく使えない兵器だよな」
「ほんと、ほんと。自分たちの身も危ないなんてね」
「おいおい、そんなのんきな話じゃないぞ、グロウ、クラウド。Type5621-Bでさえも押さえられないような強い精神波が垂れ流されているってことだ。Type5621-Bでかなり押さえられているはずだが、二重三重に壁を作らなきゃいけないんだ、俺達がどんな状態に置かれているかわかるだろ？」
「あっ…」
　ウーディーの説明にはっとする二人。自分達がどんな状態に置かれているのかわかってくれた。
「なんか、ますます…」
「嫌になってくね…」
「さあ、いいかげんに行こう。こんなところで敵に見つかると厄介だからな」
　何とか進み始めたが近づくにつれて精神波が強くなってくる。問題の建物の前に来たときは、仲間の四分の一ほどがこれ以上進めない状態になった。
「仕方ない。これ以上進めないものはここで待機。見張りをしていてくれ。状態によっては帰還してくれていい」
「でもそんなことをしたらこちらの守りが手薄に…」
「わかっているさ！！でも仲間をわざわざ崩壊させるよりはましだろう！ここまで私達は何とか耐えられたんだ、どうにかなるだろうよ」
　柄にもなく大声を出してしまった私。悲しいほど仲間たちの気持ちはわかる。しかしこれは命令だった。仲間たちとヒリエッタ。私がどちらについても、もう片方からの視線は痛いのだ。
「いいかげんにしろよ。ここでピナスを責めたって何にもならないぜ？」
「ウーディー…」
「俺達はここの兵器を調べる、さっさと終わらせて帰ろうよ」
「そうだな、すぐもどるから、しばらくのあいだ待っていてくれ」
　言い残して残りの仲間と私は建物に近づいた。

　たとえて言えばコンクリートのサイコロだった。とはいえコンクリートのような材質だが厳密に言えばそうではない。防護剤のようなものが練り込まれているようだった。そして、入り口はどこにも無かった。
「おかしいよ、これ。使われた形跡が一度も無い」
「おーい、みんな来てくれ」
　周りを調べていたウェイが呼ぶ。
「どうしたんだ？あまり大きな声は…」
「その必要はなさそう。周りにヒト･その他感知機能を備えた機器の存在は感じられない」
　グロウは言う。
「……で、何だ、ウェイ？」
「ここに入り口を埋めた跡があるんだ」
　確かに跡が存在していた。おまけによく周りを見回してみると、ここ最近建物に近づいた後が無い。ヒトが来たなら草木が踏まれて道らしきものがあるはずなのに。
「シェイナはこの兵器を使っていない…？」
「こりゃ本当にクラウドが言ってた通りかもな。危険過ぎるんだろう、きっと」
「し、しゃれにならん…」
「ねーピナスー、使っていないんだったら、もういいんじゃないの~？」
　グロウの言う通りだった。
「そうだな……」
　そのときだった。とてつもない衝撃波が私達を襲ったのだ。
「何これ!?」
　このときは私も感知能力が無くて良かったと思った。感知能力を持つものはその場から動けないほどになった。
「くそっ」
　シードは手当たり次第に攻撃を加えるが、彼の体から放たれる衝撃波はむなしく空を切る。と思いきや彼の攻撃は壁にあたった。どうなったかわかってもらえるだろうが、Type5621-Bに包まれた、謎の兵器の一部が垣間見得たのだ。今までとは比較にならないほどの気。仲間達はどんどん倒れようとしている。私は詠唱をはじめた。
「ピナス、こんな時に何を…」
「時間を戻す!!」
「無茶だ、まだ体力が戻っていないだろう!?」
　確かにその通りだったが、防御はできない、攻撃はできない。逃げるにはこれしかないことを、仲間達も知っていた。
「!!」
　最後は言葉にもならない。
　気がついたら仲間と別行動をする場面だった。私のタイムワープは特殊で、私だけでなく私の力の有効範囲に入ったものみんなの記憶をそのまま維持する。つまりあの現場に居合わせたもの全員は同じ記憶を持っていることになる。
「どうやら全員助かったな」
「なにがあったの？」
　待機組にいたネオが問いかける。彼女は私の力の範囲にいなかったので、去っていった私達がいきなり目の前に現れたように見えただろう。
「緊急事態だ。即座にこの場を離脱する」
　ウェイがショック状態なので、クラウドが詠唱をはじめた。
「まさかあんなに…」
　さすがののんきもののグロウも事の重大さに気づいていた。詠唱が終わり、私達はその場を離脱した。そのとき、感知能力が鋭い者が何かを感じていたらしいが、力の超過で私は意識がなくなった。

「もう少し、ちゃんと調べるべきだった。すべては私の責任だ。すまない」
　結局私が気を失ったのは一時間ぐらいで、気がついてすぐに会議を開いた。精神体で直接干渉されたのとは違い、単に体力の限界を超えただけであったからすぐ回復したのだろう。
「私が起きるのを待ってくれたら良かったのに」
「…ティアーズ…もう平気なのか？」
「あなたよりは平気なはずよ、ピナス」
　戻ってきて一番の収穫は、ティアーズの意識が戻っていたことだ。
「で、君は何を見たんだ？」
　彼女は私から目をそらした。
「ティアーズ、つらいかもしれないが、頼む。教えてくれ」
「はっきりとはわからないんだけど、多分、臓器」
「ぞ、臓器？」
「ヒトの、ね」
　わけがわからなくなった。
「ティアーズ、大丈夫か？」
「サーイール！どーいうことカナ？」
「いや…」
「とにかく、その臓器がなぜ情報シールドされていたの？」
「きっと、故意に張ったんじゃないと思う。そうだったら私がすぐ破るもの。私が破りにくいのは、結果的にそうなってしまったもので、きっと兵器もそうだった…と言いたいけど、今回は違う」
「？」
「臓器自体が意思を持っていて、ヒト達とは違う形で情報操作を行ったのよ」
「……やっぱりお前、もっと休んだほうがいいよ、ネオにでもついてもらって」
　サイルが言う。
「私は正気だって。……ねぇピナス、正直言って私、今回の件は遠慮したい。こんな理解不可能なことが…」
「そんな弱気でどうするんだよ！そうだろ？わからないならなおさら挑戦するべきだよ。なあ、シード？」
　サイルが勢い込んでシードに問いかける。しかし…
「俺は、いやだ」
　彼が拒絶の言葉を発するのはそれが初めてだった。その場にいるもの全員がどうした心境の変化なのかわからなかった。ネオを除いては。後から彼女に聞いたところでは、自分が余計な行動を取らなければ、私が無理に時間を戻さなくても良かった、ということだった。きっと彼は私の体を心配したのだ。
「では、この件はとりあえずおいておこうか…」
　力なく私は言った。
「ヒリエッタには遂行不可能と伝えておく」

　すべてのいきさつを聞いたヒリエッタは黙ったまま何も言わない。
「あの・・ヒリエッタ？」
　何も言わない。仕方なく私は待った。
　かなりの時間がたった頃、彼女は何も言わずに部屋から去っていった。私はただそれを見つめているだけだった。

　私が強制冷凍催眠にかけられたのは、その後一、二時間のうちのことである。
「被験体ナンバー01、ただいまの時刻をもってお前を冷凍催眠にかける。罪状は、軍部からの命令不服従かつ任務遂行に支障を与える思考の存在。これはアティック能力研究所における『被験体に関する取り決め』に照らし合わせた結果、第一級の罪にあたる。しかしこれまでの活動による温情が認められ、極刑は行わない。冷凍期限は無期。なお、この決定に逆らうならば、即座に廃棄処分される」
　私の担当研究員であるイムはその後ろに何人かの警備員を従えていた。何てことだろう。私が攻撃能力を持たないことは、彼が一番よく知っていたはずなのに。
「何か聞きたいことはあるか、ピナス？」
「ヒリエッタ…軍師は、何が気に入らなかったのでしょうか？」
「…所長が言うには、兵器が何か、まったく調べていなかったから、だそうだ」
「所長？」
「これは所長からの命令だ。もっとも、もっと上からの圧力がかかっているかどうかはしらないが」
　警備員に私を連れて行くように彼は言った。おとなしく従うしかなかった。隔離棟に入る前に、
「仲間はこのことを？」
「知らない。お前は単独命令を受けていることになっている」
　イムはそう答え、私は警備員に促されるままに棟に入った。言われたとおりに作業をこなし、やがてここちよい冷たさが私の体にまとわりつく。
「…いい夢を」
　イムはそういい、私はシードとウーディーを想った。私の身をあんじてくれた二人の仲間。彼らも私がここにいること知らない……