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　さて封印されていた魔物は、自分の手下、つまりグールの気配がどんどん消えている事に気がついた。同時に生涯の宿敵であるカウンティアのことも。
「またか。またカウンティアの奴なのか。カウンとかいうダンサーが泊まった時からなんとなく嫌な予感はしていたが、大当たりってところだな。でも、私は封印されてたからろくに探る事も出来なかったものな」
　どうやらかなりのおしゃべりのようである。
「でもカウンティアの奴だけじゃないな。……今日、恐れ気もなく食材を聞いてきた人間、か？」
「そうだろうなあ。食ったらまずそうな奴だった」
「でも食ったら同じさ。ああー腹減った」
「お前はいつも言う事が一緒だな」
　魔物は一体だけのはずだが、話し声は三種類。三つの頭を持つキマイラだ。話す頭が変わるたびに何故か尻尾がゆれる。
「まったくよー、ちょーっと人間どもを食って魂を酷使してたぐらいなのに、なんで二百年も封印されなきゃなんないんだ。人間がどんどん増えるから俺が減らしてやろうと思ったのに…ただそれだけだぞ。感謝こそされ、封印される筋合いなんてどこにもない！」
　まんなかの頭が不満を漏らす。後の二つが同意するように強く縦に振る。人間の側からすればたまったものではないが、彼（彼ら？）にとってはかなり不本意な事らしい。
「確かにそうだよなー。それで人間どももおとなしくしてりゃいいのに、オーディンになんか助けを求めちゃったりして…」
「その挙句にあのみそっかすのカウンティアに封印だ。全くろくでもないな。まあ、カウンティアだったから今こうやって封印が解けたんだが」
「確かに」
　そう言いながら三つの頭は同時に笑った。周りに控えていたグールやヴァンパイア達は顔を見合わせてげんなりする。そして主人に聞こえないように話すのだ。
「……まったく、ご主人様にも困るよな」
「ああ。あの独り言のくせ、どうにかならないものだろうか」
「無理なんじゃないか？以前、マンドラゴラ様が…」
「そうだった。あの方が言われてたものな。『バカにつける薬はない』って…」
「マンドラゴラ様がいうんだから確かだろう。あの方は魔界随一の博学者だから…」
　キマイラの笑い声を聞きながら、彼らは本気で仕える主人を変えようと考えるのだった。そんな事とはいざ知らず、当の主人はグール達に向かってカウンティアとその連れを殺してくるよう命じる。しかし、彼らとて命令に従うだけの存在ではない。その上宿の内部にいる自分の同胞はみんな倒されている。自分たちと相手の力の差が歴然としているのに、わざわざ消滅しに行く者もいないだろう。そういうわけでキマイラの手下はすこしずつ減っていった。事情を知らないものでもなんとなく分かるらしく、あちこちから気配が消えて行く。気づいていないのはキマイラのみ。彼は平和に笑い声の合奏を続けるのであった。
　そういうわけでルーシェとカウンティアが進んで行けば進んで行くほど敵がいなくなった。
「どういうこった？なんか中に入れば入るほど化けもんがいねえな」
「そんなことわたしに聞かれたって分からないわ。いいじゃない楽で」
「いや、あばれ足りん！」
　カウンティアは思わず彼から二メートルほど離れた。
「……真剣な顔して物騒なこと言わないでよ。あんたって…そんな人だったの？私の見こみ違いだったかしら…」
「お前も人のことはいえんな。なんだかやたらと暴力的だぞ。本当に神様なのかどうか、わかったもんじゃないな」
「わ、わたしはいいのよ。浄化する相手に慈悲なんていらないわ」
「そんなもんなのか？」
「そんなもんよ」
　無理やり丸め込まれた気がするが、細かい事にはあまりこだわらない性質なのでよしとした。それよりも、魔物の少なさである。
「なんでだ？まだ二階にいた頃の方がいっぱい出てきたぞ…」
　そして、なんとなく笑い声が聞こえてくるような気がする。
「変な声聞こえないか？」
「………」
　額に手をあて、カウンティアはうめく。
「そうだった…ここにいるのはバカキマイラだった…」
　嫌な顔をしながら彼女はルーシェに封印の経緯を話す。
「……というわけなの。そんでもってここの封印したのが凶悪かつバカなキマイラ」
　ちょっと考えてルーシェは言った。
「ということは、今回のこの騒ぎ、おまえが最初にまともに封印してさえいれば起こらなかったということだな？」
「それは…言わない約束…」
「した覚えはねぇなあ」
　どんよりとした雰囲気が彼女の周りに漂う。ほほをかきながらルーシェは周りを見回す。
「おい、カウン…落ち込んでる場合じゃないぞ」
　半目になりながら顔を上げたカウン、そこに見たのはひどい悪臭を放ち、姿形も不気味なヒドラだった。
「えぇぇぇぇ！？き、聞いてないわよォォ」
「きいてないって、おまえ、封印したんじゃねえのか?」
「アタシが封印したのはキマイラだけよ！」
　言うなりルーシェはカウンティアのほうを見た。心なしか笑っているような感じがする。
「なにさ」
「いや…」
　やっと「踊り子カウン」にもどったな、心の中で思うと彼はヒドラのほうに向き直る。
「とにかくこいつをどうにかしないといけねェな」
　うれしそうに化け物のほうに向く。ほかのほとんどの魔物が逃げ出した後、こいつだけが残っていたのは、別にキマイラに恩があったのではない。ヒドラの知能はかけらほどもないのだ。つまり、ほかの魔物ほどすらの判断力を持っていない。恐らくほかの魔物がいなくなったことも、目の前の二人が何者でなぜここにいるのかも理解していない。ただ、造り主であるキマイラの命令に従ってここにいるだけだ。とはいえ、それまでカウンティアとルーシェが相手にしてきた魔物より数段も厄介な存在だ。
「こいつは、弱点をつかないといくらでも再生してくるぞ」
「え…そう、なの?」
　振り向くとカウンティアが大きな火球をヒドラに向かって放っていた。それは相手の腹部分にあたり炸裂し、周りに組織を飛ばしながら腹をくりぬく。しばらく動かなくなったヒドラだが、恐るべき再生速度でなくなった腹を元に戻していく。それどころか飛び散った肉片もすさまじい速度で大きくなり、もとの形、つまりヒドラの姿へと変化する。気味の悪い再生と悪臭で二人はえずいた。しかし状態は悪い。のんきに吐いている場合ではないのだ。
「バカ野郎…」
　奇妙に静かな声は余計にルーシェの怒りを物語っていた。
「そんな…私、知らなかったわそんなこと」
「おまえ、本当に戦乙女なのか？俺は信じないぞ、もう」
　なにかを言いかけたカウンティアを無視し、彼は近くのヒドラに向かっていった。
「……戦乙女の中にも、いろいろいるわよ……」
　つぶやきながら彼女もルーシェがするようにヒドラに向かっていった。