inn6

「ヒドラの弱点って…どこにあるってのよ」
　こんな臭いものに近づきたくないカウンティアは自分の扇をフェンシングのように突き出しながら牽制する。
「口で言うのはうっとおしい。俺を見てろ」
　いうなりルーシェは跳躍する。長身の彼よりもまだ２フィートは高いヒドラの頭部、そのちょうど真中に、眉間の部分に大剣をつきたてた。
「打ち抜け、ケヴィン！！」
「了解！」
　いつのまにかカウンティアやルーシェの後ろにケヴィンが立っていた。彼は手に持った筒をヒドラの頭部に向ける。それが火を吹いた。すさまじい速度で何かが飛んでいき、次の瞬間ヒドラの頭がなかった。
「上出来」
　飛び散る破片をよけながらルーシェが彼らの位置に戻ってくる。
「ケヴィン、いつの間に…」
「兄さんたちが出ていってからマリスに生き残った人を任せて、慌ててやってきた。元はこの騒ぎ、俺がきっかけになったもんな。一人だけ震えているわけにもいかないだろ？後で兄さんに何をされるかわかったもんじゃないし」
「マリスが…まああいつなら少々のことには耐えてくれるわ…で、何でその兄さんはあなたが来たのをわかったのさ？」
「俺たちはすこしだけだけど相手の波動が読めるんだ」
「それでケヴィンがいるのがわかったんで、ケヴィンに援護を頼んだのさ。おまえさんの魔力だったら俺ごと打ち抜きかねんからな」
「なるほど…」
　倒れたヒドラの体を他のヒドラが食らう。
「気味わりいな…さあ、さっさとこんな奴ら、倒してしまおう」
「つまりはヒドラの頭の中心を破壊すればいいのね」
　というと先ほどよりは小さな火球を放つ。ルーシェはそうだとばかりにうなずくとケヴィンとともに別のヒドラへと向き直る。
　三十分後。たくさんいたヒドラはただの肉塊になっていた。
「き、気持ち悪い…」
　三人はとりあえずその場から離れた。
「ああああああ……あんなひでぇにおい、はじめてかいだぞ」
「確かに…ところでケヴィンのその武器」
「これ？」
　筒のようなものを持ち上げるケヴィン。うんうんとうなずくカウンティア。
「これは火属性の魔力が込められてる道具。僕の属性としては水なんで火、攻撃魔法は得意じゃない。でも旅に出る以上、どうしても自分の身は自分で守らなきゃいけないときが来るのはわかっていたから、ギルドに頼んで作ってもらったんだ」
「ふーん。ちょっとみせて。…………ここに魔力をためるのね。でもさっきのでほとんどなくなっちゃったみたい。これ、なくなったらどうすんの？」
「最寄のギルドにいって魔力を込めなおしてもらうのさ。でもまいったなあ。こんなところで切れたら困るんだけど」
「この残りの魔力、全部出すことができる？」
「できるけど、どうすんだ？」
「私の魔力でよければこめてみるわ。ただ火属性じゃなくて聖属性なのと、人間の作った道具に神の魔力が耐えられるかどうかだけど。エーテルでコーティングされていればこんなことは気にしなくていいんだけどな」
「聖属性！？ごく限られた人間しか持ってないあの伝説にもなっている第六番目の属性？それに神？エーテルでコーティング？何なんだよ、ただの踊り子じゃないのか？」
　混乱するケヴィン。ただの踊り子であるならばルーシェとともに化け物相手に戦っているはずはないのだが、そのことに気づかない。そりゃもっともだろうな、とルーシェは思う。しかしそのままでおいておくのもよくないので、
「カウンは神様だとよ。本名カウンティア・ワルキューレ。前に封印しそこなった化けもんの再封印に来たらしい」
　ケヴィンは素っ頓狂な声を出した。
「ワル……キューレだってぇ？」
　当の本人はにっこりと笑って、手などを振っている。
「実はそうだったのよね～。というわけで早くその中の火の魔力を出しちゃって頂戴。キマイラには火が通用しないのよ。聖属性のほうがまだ通用するわ」
　言われるがままに火属性の魔力を己自身の水属性の魔力で中和し、カウンティアに武器を手渡した。一瞬閃光が走り、武器の中にはケヴィンが感じたことのない魔力の波動があった。
「やっぱりね…強力だけどこれじゃあ三回…もって五回ってところ。ケヴィン、あんまり無駄遣いはしないで」
　手渡しながらカウンティアは確実に気配を拾っていた。人間には感じられない、邪悪な、闇の属性。彼女の手の中の扇が動く。まるで誘ってでもいるかのように。
「近いわ」
「え？何にも感じないよ、ねえ兄さん」
「ああ、別に…！」
「向こうが近づいてくれたわ、これでわかるでしょ？」
　なにも言わずにうなずくルーシェ。さすがに武人だけあってケヴィンよりは気配を読めるらしい。
「あんた気配が読めるって言ったじゃない」
「それは兄さんの気配だけだ」
　交わされる会話を聞かずにルーシェが飛び出した。
「あっ」
　まずい、カウンティアはそう感じた。いくらなんでも生身の人間がキマイラと渡り合える筈はないのだ。ルーシェの後を二人は追う。追いながらカウンティアはケヴィンにちょっとした作戦を持ちかける。
「…じゃ、それでいこう」
　そのときだった。この世のものとは思えないほどの悲鳴が聞こえてきたのは。ルーシェは三つの頭のうちひとつを切り落としていたのだ。
「うそ…人間が、人間がキマイラと対等に渡り合うなんて…」
「相変わらず非常識な膂力だな…でもここまで切れた兄さんも久しぶりだ」
　どちらが魔物かわからないほどルーシェは殺気立っている。あっけにとられて眺めていた二人だが、二つ目の頭が切り落とされそうになるときにカウンティアが叫んだ。
「そこはだめ！下手に落とすと瘴気を発して、今後千年はなにも住めなくなるわ！！」
　理性がないように思われたルーシェだったがカウンティアの声を聞くと返事を返した。
「ここは異空間、そう言ったのはおまえだろ？なら現実とは関係ないんじゃないのか？」
「そういうわけにもいかないわ。異空間だけど現実世界と強いつながりを持っている。ここの状態がおかしくなったら現実もおかしくなるのよ！」
　それを聞いて振りかぶっていた大剣を元に戻す。その隙をキマイラは逃さなかった。カウンティアに気をとられたルーシェを前足で踏みつけた。手に握られていた大剣がカランと乾いた音を立て落ちる。
「兄さん！！」
　悲鳴とともにケヴィンは筒を構えた。出力を最大にし先ほどカウンティアにこめてもらった魔力を一気に出そうとする。それでは飽き足りないと思ったのか、ケヴィンは水属性唯一の攻撃魔法を乗せる。
「ちょっと、ケヴィン、そんなことしたら干渉しあって大爆発が…」
　起こらなかった。不思議とその複合魔力は一直線にキマイラに、それもルーシェに切り落とされたばっかりの鮮血の新しい傷口に向かって…。