| フィリカ草 輸送にはまずtype5621-Bがどうにもならないようにそのまた外側からシールドを張る必要があった。そしてその範囲全体を輸送するのだ。こう言えば簡単なように聞こえるが、実際は非常に困難なことだった。シールドを張ることは簡単だったが、いざ輸送の段になると、範囲が広すぎて長距離の移動に私達がとても耐えられそうになかった。しかも休息がまだ十分でないものがいたので、作業はより困難なものになった。ほかの研究所に属する仲間たちの中にも、休息が十分でないものが大勢いたのだ。しかしこれは命令。どうしたってやり遂げてしまわないと、待っているのは処分だった。 しかし成功しても処分されることは、私だけしか知らなかった。何度も仲間たちに伝えようとした。が、私の視界中にはいつもヒリエッタの姿があった。彼女はさりげない風を装いながら私を見張っていた。仲間たちに真相を伝えるようなことがないように。 「印!!」 「ホールド!!」 「……!!」 何人かの詠唱の声が同時に響く。大きな障壁が張られて、空気の流れが変わった。 「移動班!!」 移動担当のものが詠唱を開始する。ほんの少しでも移動能力がある者はこれに参加している。その数はどの班よりも多かったのだ。キル･レインと私達全員、なおかつ軍の要人も運ばなくてはならない彼らの負担はいかほどのものだったのだろうか。しかも軍人に関しては、緊急時の輸送班までいたのだ。ありとあらゆる声の交わりが、たった一つのことのために収束していく。それはもはや詠唱ではなく一種の歌だった。と、その中で一つだけ違う声を見つけた。見つけたというより、この場合は聞き分けたと言ったほうが良かった。明らかに詠唱とは違う何かを感じた。周りを見ると、感知能力の優れているものも感じているようだった。 「これはなんだろう」 ポツリとつぶやいた言葉は周りにいたそんな仲間の耳に入った。 「わからないが…まさか兵器の…？」 「機械で動いていないということだったが？」 「でもこのシールドを突破してくるなんて、信じがたいな」 「それでも現実に起こった事よ」 最後の言葉は、誰が発したものでもなかった。 「誰か何か言ったか？」 「いや…そろそろ詠唱のサポートに入るからちょっと話しかけないでいてくれ」 私の空耳だったのだろうか。それにしてははっきりと聞こえた。 「私よ。ティアーズ」 「ティアーズ？なんで？」 「あなたが置いて行ったフィリカ草の束。あれに興味を持ったから、少し調べてみたの。そうしたらすごい事がわかった。この束を持って通信したい相手を思い浮かべると、その人の状態がわかるのよ。もちろん話だってできる」 ティアーズは情報担当のため、この遠征に参加しなくてもいいただ一体だけの存在だった。私が置いていたあの草が、正確にはウェイが取ってきてくれたあの草がこんなところで役に立つとは思っていなかった。 「私と話しているという事は恐らく感知能力の有無にかかわらず、ってことだな？」 「そう」 「それなら……」 私はこの後のことを話した。成功してもしなくても私達は消されるのだと言う事を。 「…私も、うすうすそうじゃないかって思っていたの」 「でもほかのものはまだ知らない。そこでその草を使ってできるだけ多くのものに知らせてくれ」 「わかった」 「すまないな、君は休息をちゃんと取っているのか？」 「ええ。私のところには召集ベルが聞こえなかったの。だから大丈夫」 「あまり無理はするな。私もやってみるから」 「もちろん全員に言うわけじゃないから。言った仲間達にも協力してもらうわ」 「頼む。…後、もしものときのためにウェイにも頼む」 「りょーかーい」 相変わらず間延びした声だった。すでに私達は移動を開始し始めていた。周りを見回さなくてもヒリエッタの視線を感じた。彼女をどうにかしなくてはならない、そればかりを私は考えた。仲間の悲痛な叫びを聞いたのはこのときだった。 「結界が破られる!!」 防御班は必死でシールドの強度を上げるが、激しい波動はますます強くなるばかり。 「外からの敵か!?」 「わからない。何だっていうんだよっ!!」 大混乱の中、誰かが叫んだ。 「モンドヴィアだ!!」 私達の団体はモンドヴィアの中心、ホーンリーフェにいた。この土地は初めてなのでもっと良く見たかったがそれどころではない。 「兵器を開放した後急いで離脱する!!」 ヒリエッタの号令の下、攻撃班と移動班は詠唱を開始する。周りには不思議なほど誰もいない。結界を維持する必要がなくなったウーディーが私のそばに慌ててやってきた。 「ピナス、俺、勘違いしていた。ずっとあのシールドはtype5621-Bだと思っていたけど、そうじゃなかったんだ。もしtype5621-Bだったらこんな事にはならなかった…」 「どういうことだ？」 「あれは、兵器の生体シールドだった」 彼が言うには、今までに見たことの無いシールドだという。つまり兵器は生きていて自分を解放させないように自分で封印したというのだ。それがたまたま、type5621-Bとよく似ていたから、彼は間違えたのだった。 「そんなことができるのか？」 「わからない。でも現実に今、起こっている事はなんだ?」 「…………」 「実はティアーズが教えてくれたんだ。彼女、フィリカ草を使って兵器にアクセスしてみたらしく、そう言っていたよ」 「ちょっと待て。兵器にアクセスしたって!?それで彼女は無事なのか?」 「…わからない。俺にそう言った後通信が途絶えた…」 彼の声を聞きながらキル･レインの方に目をやると、まさにそのシールド、いや封印が破られるところだった。 何も言えなかった。とっさに張られたウーディーの結界がないと、私達は全員消滅していただろう。壁の外ではすさまじい風に混じってヒトの形をしたものが舞っている。正確には思念と言った方が良かっただろうか。現に感知能力が強い者は、その場にうずくまってしまいぶつぶつ言うだけになったのだから。そして、その場から離脱するとき、私はキル･レインの正体を知った。それはいつかティアーズが言っていたように、臓器だった。ヒトの心臓だった。 |