| 本当のコトとこれからのコト 誰が名づけたのかは知らないが、キル･レイン<殺しの雨>とはよく言ったものだ。結局モンドヴィアのヒト達は全滅、更にあの兵器自身も自滅したそうだ。これで私達の国は戦争に勝ち、なおかつ最新の科学力を手に入れた事になる。しかし私にとってそんな事はどうでもよかった。 「ティアーズ、ティアーズ!!」 どこを探しても彼女の姿は見えなかった。私が見つけたのは、フィリカ草の束だけだった。 「……」 その束を持ち上げると、そこから何か光るものが零れ落ちる。美しい青。それはティアーズの刻印。非情な輝きを放つそれは、不思議なことに私の手のひらに吸い込まれていった。その手を握り締めティアーズの事を思っていると、彼女の声がどこからともなく聞こえてきた。驚いた私はしばらく物が考えられなかったが、ある事にいきついた。 「フィリカ草は、死者とも交信できるのか…?」 「そうみたいだね。私もちょっとびっくり。でも少しの間だけど」 「やはり君は、もう…?」 「うん。キル･レインの悲しみに耐えられなかった。というよりあの波動に耐えられる存在なんて、この世界のどこにもないと思う」 「悲しみ…」 キル･レインに使われていた臓器はもともと力もあるヒトだったらしい。それを殺し、そのときの憎悪の思念を利用して兵器にしようとしたと言うのだ。しかしそのヒトは憎まなかった。死の直前、そしてその後もずっとこの世界を哀れんでいたという。そんな状態では兵器として役に立たない。ごうを煮やした当時の責任者は、ほかの力あるヒトを殺して兵器にその力を組み込もうとした。 「そしてその中には最初のヒトの血縁者がいたの。自分が殺される代わりに、そのヒトには絶対手を出すなと言ったにもかかわらず」 最初のヒトは怒った。あたりの思念を呼び寄せてその力を一気に解放した。それで責任者以下は全滅、そのあたりに近づくものも容赦せずに攻撃を加えた。やがてわれに帰ったヒトは自分がした事を恥じて、もう二度とそのような事が無いようにと自分に封印をかけたという。それからかなりの時間が経ち、当時の事件を知るものももうほとんどいなくなった頃、新しい責任者が、いつか役に立つだろうという考えでもう一度武器として使用する事にしたそうだ。妙な箱に入れられていたのは、次第に出力が下がっていくのでそれを防ぐためだった。 「そのヒトは、集めた思念をコントロールできなくなってきていたの。それが目に見える形では出力の低下だったのね」 「……そのヒトは、何を思って殺されたのだろう…」 「サイルやシードに届いた声は、そのヒトの唯一の願いだったようよ…」 「自由、か」 いたたまれない痛みが心に広がる。 「ねえピナス…私はそれよりも、私達のことを理解したい…」 「？」 私は彼女が何を言っているのかわからない。沈黙を続けていると彼女は言った。 「どうして私達、心があるんだろう」 「それは…私達を作ったヒトがそうプログラムした…」 後半は消え入りそうな思考だった。必ずしもそうと言いきれないのだ。本当のところ私もそれを信じているわけではない。 「あ…ごめんね…そろそろ私…でも私自身はいつもあなたとともにあるから…忘れないで……みんなによろしく…じゃあね、ピナス…」 ……またね……彼方から彼女の声が聞こえてきた。私はその場にうずくまり、声を立てずに、涙を流さずに、しかし泣いていた。私の後ろにはシードが立っていた。 「一週間後にヒリエッタからの特別褒賞がある。彼女からの伝言で、今夜会いたいと」 私は彼を見た。彼は何も言うなとばかりにうなずいた。 「私は……わかった。場所は?」 「旧所長室」 シードは私の手の中にあるフィリカ草を見た。 「ウェイがくれたって?」 「ああ」 彼に束を渡した。しげしげと眺める彼。私はそのとき花の一つが薄い青色になっていることに気がついた。シードもそれに気がついたらしく、それだけを取り出して見ている。 「これはティアーズだ」 私は確信した。彼女は確かに私達とともにあるのだ。 旧所長室は以前と大幅に変わっていた。以前ここに置かれていたもののほとんどは、私達はおろか研究員にも評判が悪いものばかりだった。そんな悪趣味なものはほとんど置かれてはおらず、一言でいえば『洗練された』といっていいだろう。そしてヒリエッタは先ほどから私の前に座っているのだが、一言も言おうとしなかった。仕方が無いので私が口をきこうとすると、 「決心はついていないようだな」 彼女の方から先に切り出してきた。 「そう思ったから一週間の猶予をそなたに与えた。その間によく考えておいてくれ」 「全員というのは…」 「ならぬ」 すべての言葉を言い終わる前に彼女はさえぎった。 「私にはそなたのすべての仲間をそのままにしておく義理など無いのだ。そなたにしても、たまたま私がそなたを気に入っているからこうやって話をしているだけなのが、わからぬのか？」 「……」 あまりの言葉に息もできなくなった。彼女は私達に対して理解があるのではないのか？それとも、それは私達が勝手に思いこんでいただけなのか？わからなかったが、はっきりとしているのは、結局私達は消耗品でしかないということだった。 たかが消耗品。私はこのとき、私達にヒトと同じように考える心を与えた研究者達を憎んだ。思考することさえなければ、私達はこんな目に会う事はなかったはずなのに。 「それでは一週間後のこの時間にここでまた会おう」 ヒリエッタはそういって出て行ったが、私はなにも答える事ができなかった。 「…誰か教えてくれ…どうして兵器である私達に、心を与えたのだ…」 どうして、なぜ。私の頭の中は疑問詞でいっぱいになった。それでも答えらしきもののかけらも見つからなかった。やがてなかなか戻ってこない私を心配して、ネオとシード、サイルらが旧所長室にやってきた。彼らは私がヒリエッタに呼び出された理由を知っているようだった。 「使うだけ使って、後はポイ、か…ヒトって、そんなものなのかな」 サイルがこぼす。 「私には仲間を選ぶ権利などないのに……」 「ピナスのせいじゃないから、気に病まないで。…もしも選ばれなくても私達は平気だから」 「違う。私にとって、君たちはかけがえのない存在だ。ニ・三日前に戻ってきて、やっと共にいられると思ったのに、それをまた別れろだなんて、私にできるはずない…」 私は彼らを見つめた。 「選んで後のものを見捨てるなんて……私にはできない。私は君たちと共にいたいんだ…」 「わかってる。だからそう悩まないでよピナス。君が落ち込むと、ウーディーとクラウドまで元気がなくなっちゃうからね。……特にウーディー」 少しからかうような調子で言うサイル。 「あいつはそんなに…？」 「あ、やっぱりわかってなかった。君がいない十年間、大変だったんだぞ！？」 シードがあきれて言ったその顔がひどくこっけいだったので、私は少し笑った。彼は、笑われたのは私がウーディーの変貌ぶりを信じていないからだと思ったらしく、 「笑い事じゃないよ。本当だぞ」 「わかったわかった」 むきになる彼をいさめながら、彼は彼なりに私を元気付けようとしている事がわかった。 「ありがとう、みんな。…まだ一週間ある。手は見つかるはずだ」 そうだそうだと言う彼ら。みんなはもしも自分が選ばれなくても、何の恨みごとも言わなかっただろう。実のところ何の兆しも見えていなかったが、私は彼らを決して見捨てはしないと誓ったのだった。 「でも、これからのことを考えると、私達を処分するのは早計じゃないかしら？例えば、反乱が二度と起こらないなんて、誰にも保証されないことでしょう？もしそんな時になったら私達じゃなくて、誰が行くのかな？」 ネオの問いはもっともだった。正直に言って、ヒリエッタには悪いがこの国の兵士は反乱の鎮圧には向いていないようだったから。 「ああ、その事…」 「知ってるの、シード？」 「うーん、俺が逃げ回っている間に、ちょっと聞いた事があって。俺達を維持するのにかなりの資金がかかっているのは知っているだろ？その事で、この国のヒトから文句が出ているって言うんだ。『働いても働いても楽な生活にならないのは、俺達みたいなのものにかける金が高過ぎるからだ』って。それで経費削減の意味をこめて、俺達を処分しようっていうんだろうな。それから、モンドヴィアが手に入っただろ？大方そこの兵器を流用して、これからの反乱を乗り切って行くって所だな」 「代替物が見つかったからお払い箱、私達はそれだけの存在だったのね」 この国のヒト達も現金なものである。はじめの頃は、私達を英雄扱いしていたのに。いまさらそれをとやかく言う気はないが後味が悪いのは確かだ。 「まあここにいてもしょうがないから、私達のいるべき場所に戻ろうか」 ほとんどの仲間は今度こそ休息を取るために自分の部屋に戻っていた。だからそこに残っていたのはクラウドだけだった。彼女も休息を取るべきものの一人だったが、わざわざ私を待っていてくれた。 「待っていてくれたのか。休んでいてくれて良かったのに」 「でも、なんとなく…ね」 恐らく私の漠然とした不安が伝わってしまったのではないだろうか。 「ありがとう。さあもうみんないいかげんに疲れただろう。そろそろ休もうか。そうしないと君達はろくでもないことになってしまうだろ？」 「そうだな…とりあえず休もうか」 「私はほとんど疲れてないのでこれからのことを少し考えてみるよ」 シードとサイル、ネオにクラウドを見送った後私は会議室に残ってこれからのことを考えた。しかしそうはいっても何もないのが事実。一、二時間ほど考え込んでいたが、どうにもならないので私も部屋に戻ろうと決めた。 部屋に戻ると、違和感を感じた。周りを見回すと特に変わった様子はない。……時計を除いて。初めは時計が狂ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。私達の個室に備え付けられている時計はその部屋のすべてを掌握している。つまり、起きる時間や、部屋がきれいにされる時間などがすべて管理されている。極めつけは時間もこの通りに進んでいるのだ。つまり時計が狂うと、理論上では中と外の時間の進み方が違ってしまう。だからこれが狂えばすべてがおかしくなる。私達の体内時計も狂わされる。そういうわけで、どんな事があっても狂わないように作られているはずなのだが。 「秒カウントが、妙にゆっくりだ…」 そこで気がついた。これは策略だと。ヒリエッタとの会談が終わった時刻はだいたい午後六時ごろ。それからシード達と話をしてから会議室でしばらく考え込んでいたので、少なくとも現在は十時ごろでなくてはおかしいはず。なのにどうだ。私の部屋の時計はまだ六時過ぎなのだ。そのとき、外は十時で中は六時。そんな事は今までの科学力（私達をうみだした科学力をもってしても！！）では不可能だった。路空間に歪みをもたらすためには、それ相応の力が必要になる。どんなにがんばってもそれまでは無理だったが、今では少しばかり様子が違う事に気がついた。モンドヴィアの科学力だ。彼らの科学力がそこまで達していても何の不思議もない。 「このまま眠ってしまうと、考え事をする事などできないな。眠っている間に、期限を過ぎてしまう」 もっともそれを狙ったのだろうと思われる。私は急いでそこから出て、仲間たちにこれを知らせようとした。しかし全員扉に鍵をかけているので、まったく連絡が取れない。フィリカ草を使っても、何の反応も無かった。 「なぜだ!?今までちゃんと通じていたじゃないか!」 思いつく限りの悪態をついた後はもはや打つ手は無かった。少し冷静になったあと私は思い出した。私達の個室には、私達の能力を打ち消す力がかけられている事を。このとき外部から連絡を取ろうとするには、情報ネットを使ってそれぞれの個室を探さなければならない。最後の手段として時間の歪みを作り出している機械を破壊する事があるが、私にはその情報を知る能力は無い。つまりいるものは情報のみなのだ。 「ティアーズのような能力が私にあったら…」 私は切実にそう思った。すると、すこしばかりの変化が私に訪れた。何がどうなっているのか私の頭の中に、情報の波が訪れた。ありとあらゆる情報が流れ込んでくる中で、私の頭は自動的に必要な情報を探し当てる。それは時間を狂わせている機械のこと。まるで私にティアーズが乗り移ったかのようだった。いや、実際ティアーズだった。なぜなら窓に映った私の刻印は、一瞬だけ彼女と同じように深い青だったから。ほんの一瞬だけだったので目の錯覚かもしれないとも思ったが、荒波のように流れ込んでくる情報のことを考えると錯覚では無い。 「ありがとう…」 心で礼を言うと私は早速「時間歪曲機」を破壊するため、シードを呼び出すことにした。今ならティアーズがやっていたように、ネットを通して仲間と連絡が取れる。そしてネットを通すことで、軍や研究所のヒトに気づかれることはない。なぜなら、利用者が多いので、そのすべてに目を通す事はできないのだ。 「シード、聞こえているか。緊急事態だ。応答を頼む」 「……なんだ〜？まだ二十分ぐらいしか眠ってないのに」 眠っていたのだろう、ひどく機嫌が悪い。私がなぜ彼に連絡が取れるのかさえもわかっていない様子だ。 「いいから出てきて、外の時計を見てくれ」 不承不承といった様子でシードが出てきた。 「…？なんでだ？もう三時間ぐらいたっている」 外に出た彼は、時計を見て驚いている。 「時間が歪まされているんだ。モンドヴィアの機械で」 「なんだって！？俺達の国がまだ成し得ていない事を、モンドヴィアのヒト達はできたのか……なんて科学力だろう」 「感心しているところ悪いが、今から君にそれを破壊してもらいたい。そうしないとみんなこのまま眠りつづけて、そのまま処分だぞ」 「わかった。なんだかよくわからないけれどやるよ」 機械の座標を教えると、彼はゆっくりと詠唱をはじめた。 「散！」 何の変化も無いように感じたが、私の部屋の時計を見ると急速に正しい時間になって行った。 「…確かに三時間分ぐらいは眠っていたみたいだ。そうでなかったらここの壁を超える事はできないはずだから」 この研究所の壁は、当たり前といったら当たり前なのだが、『力』の透過を防ぐ加工が施されている。少々の力ではここから出る事はない。しかしシードのような大きな力の持ち主なら簡単な事だった。 「さすがだな。休んでいたところすまない。あの機械には自己再生能力はない様子だからもう安心だよ」 「さっきから疑問に思っていたんだが、どうしてそんな事を知っているんだ？……まるでティアーズ…」 「私は、………どうやらティアーズの能力を受け継いだらしい」 私はティアーズの刻印が私の体内に入った事を彼に話した。 「だから、彼女は消えていない。私の中で、ちゃんと生きている」 その時、青色に染まっていたフィリカ草が光った。シードがあわてて手に取るとますますその輝きを増す。 「これ、ティアーズだよな、ピナス」 「そうだ」 私は断定した。 「俺達は誰が欠けてもいけない。だから彼女はここにいるんだ」 彼はフィリカ草を握り締めた。草はやわらかな光を放ちつづけた。 「それじゃあ、私達を最初から処分するつもりだったってこと？」 「そういうことだろうなあ」 休息を取りきった仲間は口々に言う。私はもうその事についてなにも言う気がしないほど、怒りを通り越してあきれていた。最初から残す気がないのなら、どうして気を持たせるようなことを言ったのだろう。やはり私には、ヒトは理解できない。 「強硬手段をとろう！」 シードとクラウドが声を荒げた。 「何をする気だ？」 なだめるようにウーディーが聞く。回りでざわついていた仲間たちも彼らの方を向いた。 「脱走だよ」 衝撃が走った。あちこちでつぶやく声が聞こえる。 「でも私達はここの食糧でないと生きていけないのよ。それをどうするの？」 ネオが問う。それはもっともな事であった。ここの、私達に対して出される食事は（一応食事はあるのだ！！）私達を安定状態にするための薬が混ぜられている。それが無くなったら私達は崩壊してしまうのだった。 「そうだよ。そこんとこ、どーするの？」 グロウが追い討ちをかけるように言った。 「そんな事は百も承知だ。でも一人だけ、いまでも食事無しで生きているのがいるだろ？ウェイがいるじゃないか」 「あっ……」 「彼に聞けばどうやってすればいいのかわかるね」 私達は早速ウェイに聞いてみることにした。私がティアーズの能力を発揮している時にフィリカ草で話しかけた。 「ウェイ、聞こえるか？」 「あぁ、えっと…ピナス？」 「そうだ。ちょっと聞きたいのだが、なぜ君はここの食事をとらなくても崩壊していないんだ？」 「…そういえばそうだ。今まで気がつかなかったよ」 「おいおい、それじゃあわからないのかい？」 「きっとここの土地のせいだと思う。ここにいると力があとからあとから出てくるような気がするんだよ」 「実は…」 私はこちらで決まっている事を彼に言った。彼はなにも返してこない。 「……たいへんだね」 ウェイはしみじみともらした。 「ということは、みんながここに来るということだね。わかった、受入態勢を作っておくよ」 「頼む」 通信を切った後、全員にウェイは受け入れてくれる事を伝えた。 「実行はいつにする？」 「すぐのほうがいいんじゃないか？」 「でもそれだったらほかの研究所の仲間が」 「疲れたよ〜」 「ほかのところ？ほかのところも消えるのか？」 「いやそれはわからないけれど」 「とにかく連絡を取る事が先決だろう。でも俺達みんなが行ったら、いくらドグ台地が広いって言ったって定員オーバーになるんじゃないか？」 「それもそうだけれど、かといって見捨てて行くわけにはいかないよ！！」 「眠いよ〜」 「だったらどうするのよ！？」 収拾がつかなくなるほどの大騒ぎだ。まあ一人だけ違うのもいるが、あまりのうるささに私の我慢も限界に近づいた。 「いいかげんにしてくれ！！騒いだって何も出てこないんだ、いつもやっているように話し合おうじゃないか！」 先ほどまでとは打って変わって静かになる。そのときだった。私達は振動を感じた。表層ではない、大地の奥ふかくから響いてくるような感覚。地震だった。 |