pinass8

　　乱動
　
「なんだよこれ！」
　ウーディーが私のところに駆け寄りながら叫ぶ。ネオとクラウドが全員を一箇所に集めた。
「今調べる！」
　私は感覚を集めて先ほどの地震の震源地を探る。すると、自然のものではない、なにか機械的なものの意志を感じた。それを伝うと、つい一日前に行ったモンドヴィアの中心、ホーンリーフェの地下に向かって行った。そこには大きな火山脈があった。しかもそれは私達の国、カンターヴィア・ホルテスに向かっている。つまりその火山脈に大きな衝撃を与えると私達の国に大きな火山噴火が起こる可能性があるのだ。
「…モンドヴィアのヒト達はまだ生きている。機械を操作して、私達の国に火山噴火を起こそうとしているんだ…」
「どこに起こるんだ？」
「霊峰イシティと、フィーシャ山脈……」
「そんな…カンターヴィアは全滅じゃないか」
「あと何時間ほどの猶予があるの、ピナス？」
「わからないが…でも時間が無い事は確かだ。さてどうしたものかな」
　私はクラウドが詠唱を行っている事に気がついた。その範囲にはシードがいる。
「どうする気だ？クラウド、シード」
「機械の破壊にいってくる！」
　止める間も有らばこそ。彼らは私の静止の声など聞かずにその場から消えた。
「でも、モンドヴィアのヒトは全滅したんじゃなかったのか？」
　サイルが首をかしげている。
「どうやら地下に逃げたらしい」
　モンドヴィアのヒトは私達がキル・レインを対モンドヴィア戦で投入してくることは予想をしていた。彼らの情報収集能力は、ティアーズのそれに匹敵するのだから、それも当然だっただろう。そこで、深い土の下に逃げるか、空、つまり宇宙に逃げる事を考えた。宇宙に逃げる方は失敗し犠牲者がかなり出たらしいが、地下の方はうまくいった。キル・レインの力は空気をうならせ、大地を削った。しかし、その有効範囲よりももっと深いところにいた。下手をすれば大地の熱で全滅してしまうかもしれないような深さに、キル・レインの力が無くなるまで潜んでいたのだ。
「ヒト達って、時々すごい力を発揮するよね～ェ」
　グロウがあきれたような、どうでもいいような、そんな感想を漏らした。
　また振動を感じた。先ほどよりは小さくなったような気がする。シード達がうまくやってくれたのかと思っていたら、当の本人達が帰って来た。
「大丈夫！？」
　ネオがかけよって聞くと、クラウドが渋い顔をした。
「よくわからないけれど、とにかくこの国には噴火は起こらないはず。でも何か大きな間違いをしたような気がする」
「どういうこと？」
「機械は壊したけれど…そのときの感触がおかしかったんだ」
　シードが続ける。
「…その予感は、どうやら大当たりみたいだよ…」
　仲間の一人がある知らせを持ちこんできた。
「元ジェムヴィス国のコール山が爆発した…」
　衝撃が走る。
「おまけにコール山の近くにあった天然ガスの採掘場が引火爆発を起こして……恐らくあのあたりは全滅だろうって…」
　ジェムヴィスは小さな国で、しかし良質の天然ガスが産出するので、それで豊かな国に成り上がったのだ。その天然ガスがほぼ全滅したとあれば、彼らの交易手段は無くなるのだった。天然ガスはコール山の近くに集中していたのだ。
「…そんな…機械は完全に破壊したのに…」
　シードは放心状態に陥っている。
「恐らく何らかの攻撃を受けたら、別の火山脈に波動を送る事になっていたのだろう。モンドヴィアには様々な火山脈が走っていたからな。…いや、火山脈の上にたまたまモンドヴィアがあったというべきか」
　ウーディーがぼそぼそと言う。
「しっかりなさい、シード。済んだ事はしょうがない。けしてあなたのせいではないんだから」
　ネオがなぐさめる。
「ほかの誰かが何を言おうと、私はあなたを信じているし、私はあなたが間違った事をしたとは思わないから、ね？」
　弱々しくだが、彼はうなずいた。ほっとしていると、また振動が起きた。
「今度はどこだ！？」
　情報モニターを映すと、ジェムヴィスの事とトーキ連邦の事が出ていた。
「今度はトーキだと！？……ゲーヘル山脈か？」
　ゲーヘルはトーキの中央を走っている世界最大の山脈である。何で世界最大かというと、山脈に連なる山すべてが火山なのだ。それが噴火したとなると、シェイナ、ジェムヴィス、トーキの国(今は州だが)があるホーフート大陸は壊滅してしまう。それに余波でその周りの小さな島々、あるいはウェイのいるドグ台地があるハイン大陸も壊滅する恐れがあるのだ。ホーフート大陸とハイン大陸は同じプレート上にあるらしいから。そしてその二つの大陸が壊滅してしまうと、私達の国があるゴディ大陸では食糧の生産がままならないので、そのまま飢えによりヒト達は滅亡してしまうのだった。
「いやゲーヘルではない。が…」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
「その予兆らしい地震が起こり始めているらしいぞ」
「………」
　もはや何も言えなかった。かなりの時間が流れたのか、それともそうではなかったのか。とにかくもう良くわからなかったのだ。
　誰かが言った。
「ゲーヘルを止めよう」
　何の答えも無い。私は誰が言ったのかと思ったが、その後の言葉が続かなかったので、誰なのかわからなかった。
　またしばらく時間が流れた。
　誰かが言った。
「それしかないよ。ゲーヘルを止めよう！」
　さっきとは違う声で、さっきよりも力強かった。そしてぽつりぽつりと賛同する声が上がり始めた。

　今でもその決断は正しかったのか間違っていたのかわからない。結果から言えば間違っていたのだろう。しかし、ヒト達を助けるためではなく、この世界を、特にウェイが大事にしているドグ台地の植物たちを助けたかった。それは、わがままだった。どうしようもないほどのわがままだった。

　さて大急ぎで対策を考えたあと、まず、する事はこの研究所からどうやって出て行くかだった。ここから出てとにかくウェイのいるドグ台地に行くのだ。クラウドの力では私達全員を輸送する事はできない。彼女の力はもともと小人数輸送に最も適しているのだ。かといって移動の刻印を持つもの全員で詠唱をしても、運ぶ事はできないほどの人数である。少しずつ移動などしていたら、移動系のものが体力どころか生体エネルギーまで削ってしまう。結局、強行突破をして、軍の移動手段を奪う事になった。
「俺が先導する。攻撃系は固まらずにみんなを囲むように進んでくれ。防御系はできるだけ体力を温存して、ここぞという時にシールドを張ってくれないか」
　シードがてきぱきと指示する。しかし私には、彼が無理をいているようにしか見えなかった。自分がはやまった行動をしたせいでこういう事になったと、彼は思っているのだ。私はネオとクラウドに、彼をしっかり見ておいてくれるように頼んだ。もしも彼が自暴自棄になってしまった時に、彼だけ移動をさせるためだ。答える代わりにうなずくと、彼女達はシードに気づかれないようにそばに行った。きっと気づいたら、彼は傷付くだろうから。
「ティアーズ、ゲーヘル爆発まであとどれくらい？」
　言ってしまってからグロウは気がついた。　
「ごめん…」
「謝る必要は無いさ。……ゲーヘル爆発まで、あと十二時間弱！！」
　私が毅然として答えると、シードが声をあげた。
「出発だ！」
　手始めにとばかりにシードは、私達の居住空間と、研究者達のスペースを隔てているドアを破壊した。かなりの規模で爆発が起こったので、あわてて警備員や研究者がやって来る。しかし鬼神シードにとって、そんな集団など物の数ではなかった。
「どけどけ！」
　私は彼が本当に鬼になってしまったのではと思った。
「シードのやつ、……荒れているな」
「ウーディー…私はこの作戦に反対するべきだったかもしれない。シードがこんなに変わってしまう姿など見たくは無かったよ」
　なぜか持ってきてしまったフィリカ草をもてあそびながら私はいった。
「ピナス、それは仕方が無い事だよ。黒の刻印を持つものは、どうしても攻撃的な素養があるんだ。よく見てみなよ、あの生き生きした姿を…」
　確かに彼は生き生きしていた。今までに無いほどのすばらしい表情をしていた。彼だけではない。みまわすとすべての攻撃系の仲間が生き生きしていた。
「俺だって、大変だけど、何かを守るために結界を作る事はとてもうれしい事なんだ。そういうもんだよ」
「でも私は、時間を操作する事ができても、何も感じない…」
「……ピナス」
「ウーディー、わかるなら教えてくれないか？私は何の素養があるんだ？…」
　私達は黙り込んだ。今、そんなのんきな会話をしている場合ではない事はわかっていた。周りから飛んでくる余計なものを紙一重でかわしながら私達は進んでいるのだ。まあ、研究者達は、もともとが荒っぽい事を好まないから研究者なのだろうが、今まで私達が相手にしてきた精鋭軍とは比べ物にならないほど、ひどい相手だった。警備員でさえも私達の相手にはならなかった。私達は彼らを殺してしまわずに、できるだけ気絶させるようにしていた。彼らには何も罪は無いのだから…そんな中で、戦いの中を駆け抜けながら私達はまるで場違いな会話をしていた。ウーディーが口を開く。
「じゃあ、ほかの事で、君がうれしくなる事は？」
　どういう意図で彼が言っているのかわからなかったが、うれしくなる事はある。それは仲間や、そのほかのヒト、動物、植物、大地、風、空……ありとあらゆる物と共にずっといることだ。特に十年眠っていたせいなのか、この傾向は私の中で極大化していった。
「それは、この世界に存在するありとあらゆる物と共に過ごす事だが…」
「じゃ、それが君の特性、素養なんだよ。銀色の刻印を持つ人全員に聞いたわけではないけれど、ほかの何人かも、そういう傾向があるらしいよ」
「そうなのか？」
「ああ。………だからきっと君はそういう存在になるんじゃないかな………」
　後半に彼が言った事の意味は、そのときは理解できなかった。私はそのとき、自分にも素養があったことでうれしくなっていたし、そのあとすぐにのんきな会話ができなくなったのだ。ヒリエッタ直属の親衛隊が現れたからだ。しかも軍師本人が率いている。
「どういう事だ、ピナス！はっきり説明してもらおうではないか！」
　私はシードが何か行動しようとするのを押さえ前に出た。背後にウーディーがつくのがわかった。
「ゲーヘル山脈の噴火を止めに！」
　彼女に気おされないように私は精一杯虚勢を張った。彼女は私達を一瞥すると、
「ならぬ」
　と一言だけ言った。
「なぜです？ゲーヘルが噴火したら困るのはあなた達ですよ！？私達以外にとめられることができる存在があるとでもおっしゃるのですか？」
「確かにその通りだ。お前達が行くのが一番いいだろう。しかし私はお前達に行動する事を許可していない。だから行ってはならない。よって今から、相応の対処をする」
「そんな事を言っている場合ではない！噴火まであと半日も無いんだ！」
　私は誰に向かって口をきいているのかわからなかった。ヒリエッタの表情が少し変わった。
「研究者達は、『戦いの場で自己判断ができるように』とお前達に意志を与えた。しかしそれは間違いだったようだな。確かに概ねの場合では判断能力は役に立った。しかし作り物が想像主たる我々に逆らう事は、どうあっても許せない事だ。戦いの場以外での自己判断はしてはならない。ピナス、勘違いするな。お前は作り物だ。そして私達がお前達に処罰を与えるのは、お前達の行動が私達に対する反逆だとみなしたからである」
　淡々と続けていく彼女。
「それに、ゲーヘルが爆発する事になったのは、そこの『紫の目』のせいではないか」
　この言葉はシードの心を打ちのめしたようだった。
　彼女は無情の名に恥じてはいなかった。仲間の一人が彼女達に攻撃をかけた。それは今までのように相手を気絶させる程度の攻撃だったのだが…
「甘い！それしきの攻撃など、簡単なバリアで防げるぞ！」
　モンドヴィアの科学兵器の一つだったのだろう。光球は彼女らに届くことなく消えた。
「我々と戦うなら、殺す気で来い！」
　それが合図だった。今までとは比較にならないほど攻撃の応酬があった。ウーディーが私に簡易のシールドを張り、そのまま戦いの中に身を投じて行った。傷ついたものを防御するため。

　このときヒリエッタが取った行動は決して賢明なものとは言えない。まずゲーヘルの噴火を止めに行かせてから、私達を処分するなり何なりすればよかったものを…推測でしかないが、彼女の目には私達が勝手に動いた事がよっぽど腹立たしかったのだろう。

　私は成すすべもなく、どんどんとエスカレートしている戦いの中に立っていた。そんな私の横をサイルが通り過ぎて行った。彼も仲間を助けているのだ。無生物の再構成を得意とする彼が動いている。つまり私達は、生物ではないのだ。もちろん私達は生命も持っているので、ネオの力でも回復ができる。生物ではないのに生命を持っている私達は一体何なのだろう。
　仲間達は戦い、守り、駆け抜けていく。そんな中、私は邪魔にならないように逃げる事で精一杯だった。私の力はこんなとき何も役には立たない。その事が歯がゆかった。そのとき、視界の端で仲間の一人が倒れるのを見た。ヒリエッタが手を下したのだ。私はそれに気がつくと、心の中が怒りでいっぱいになった。そして。
「お、おい、ピナスの様子がおかしいぞ」
　サイルが言うのが聞こえた。私の体から放出される気は、すべての戦闘を一時中断させるほどだった。
「あんな詠唱、聞いた事が無い」
「一体何をする気なんだろう？」
「軍師をお守りせねば！」
「でも近づけない…」
　そんな声を聞きながら私は詠唱を続けた。私自身、こんな詠唱を知っていたわけではない。言葉が勝手に出てくる。ヒリエッタはそんな私の様子を冷静に見ていた。
「……時、我の力と！」
　その言葉がきっかけだったが、初めは何の変化もなかった。ヒリエッタは不敵に微笑んだ。
「お前の力はそんなものか。今度はこちらから行くぞ」
　彼女が銃を構えて撃った。しかし私の体にも、ウーディーが張ってくれたシールドがかかっている。
「ほう…ではこれではどうかな」
　彼女は先ほどより口径の大きい銃を取り出す。が、それを構えることができなかった。
「おい、軍師の顔を見てみろ」
「あれは……若返っているのか、軍師は？」
　彼女は若返っていた。今や少女だった。
「な、なんだっていうのだ！？」
　銃を放り出しあわてて体をまさぐるが、止めようなどない。今度はそんな彼女を私が冷静に見ていた。見ている間に子供になり、赤ん坊になり…そこで止まった。赤ん坊は最初状態がわかっていなかったが、突然火がついたように泣き出した。
「親衛隊！おまえたちが心ある者ならば、この赤ん坊をつれて、彼方の地で育ててやるといい！」
　私が一喝すると、彼らはヒリエッタを抱えて蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。うかつだった事に、私はそのとき彼らが何かのスイッチを入れたことに気がつかなかった。
「ピナス、君はあんな事もできたのか？」
　仲間達が周りに集まってくる。
「ティアーズの情報収集能力を使って、ヒリエッタの歴史を探ったんた。それを逆転させたのさ」
「青の刻印との、複合技か。私にはそんな事できないなぁ。せっかく三つの種類の力を持っているのにね」
「私だって意識してやったんじゃない。ただ勝手に頭が動いたんだ」
「でもすごい事だよ。さて、そろそろ行こう。こんなところに長い間いたくないもの。まさか、ヒリエッタが再び来るはずはないけれど」
　いいながらクラウドが行ったので、私達は脱出を再開した。
　
　それからはおそろしいほど何もなかった。今までどこからともなく警備員や研究所の職員達が現れたのだが、それがない。逆に私達から離れていっているようだった。
「おかしいと思わないか？」
「いいじゃない別に。ラクーにいこうよ、たまには」
「グロウ、そんなお気楽なことを言っている場合じゃないって。何か聞こえない？」
　クラウドの言うとおり、何かが聞こえた。
「爆発音よ！早くここから脱出しなくてはならない！」
　ネオが叫ぶ。
「奴ら、研究所ごと俺達を消す気だな」
　そうはさせないとばかりにサイルは詠唱をはじめようとする。彼の詠唱が完成する頃には私達がいる所にまで被害が出てきた。
「とりあえずはこれで進める。けれどいつ効力が切れるかわからないから早く行こう」
「なんだって！？」
「いつもみたいに完全修復はできないよ、こんなに激しく崩壊されたら」
　ほかに無生物を再構成できる者も同じようにいった。私達はあわてて進んで行ったが、出口は当然の事のように閉じられていた。
「シード、頼む」
「まって」
　グロウがとめた。
「なんだよグロウ、今はお前の冗談に付き合っているひまはないんだ」
「このまま破壊したら、すぐにこの建物全体が崩壊してしまう」
「そうか、この入口はそういう仕掛けがしてあったんだ。すっかり忘れていたよ」
「でもどうする？これからほかの出口に戻る時間なんてないぞ。かといって、ここは特に強い結界がかかっているから、この扉の向こうに全員を移動させる事は、今の俺達にはできない」
　ウーディーは、ウェイがいてくれたらと言っているのだ。確かに彼がいたら、こんな苦労をせずにすぐにドグ台地まで行けただろう。
「全員だから行けないのよ。クラウド、一人だけなら、ここの向こうに行ける？」
「ああ行けるよ。でも一人だけなんてどうするんだよ」
「じゃ私を連れていって。そしたら向こうから、この扉を空気と同じ原子構成にするから」
　グロウが言った。そんな事ができるのかと聞くと、できると言う。
「ただ一方通行な上に本当に短い時間でしかできないから、急いでね」
　そう言うとクラウドと共に扉の向こうに消えた。「一方通行」というのは、彼女の正面に向かってしか力が伸びていかないということだ。つまり、少しでも彼女から遅れたらこちら側に残されてしまうということだ。それを見越してグロウは反対側から力を発揮することにしたのだろう。
　建物の崩壊はもはや押さえきれなくなってきており、あちこちから破片が落ちてきている。そしてひときわ大きな音がしたかと思うと天井が崩れ始めた。
「ぐあっ！！」
　誰かが声をあげたので振り返ると、ネオが天井から落ちてきた鉄の梁に胸を貫かれているではないか。周りのものも、あまりの事に声を出せないでいる。しかし、シードはまだこの事に気がついていないようだった。ちょうどその時にグロウからの合図があったので、私はあわてて彼女を引っ張って行った。
　私が最後に扉を抜けたが、抜けきったと思った瞬間扉は元の堅い物質に戻り、直後に建物自体も崩壊していった。その見事な崩れ方に少しの畏敬の念を持って見ている間に、シードはネオの状態に気がつき彼女のそばにいった。
「ネオ！ネオ！しっかりしてくれよ！ピナス、時を戻して彼女を助けてくれよ。頼むから…お願いだ……」
　私は詠唱をはじめようとしたが、当のネオにとめられた。
「ピナス、構わないから。……シード、あなたが取り乱してどうするの。私達はあなたについて行かなくちゃならないんだから、しっかりなさい」
　けがとは裏腹に、彼女の言葉ははっきりしていた。シードと様子を対比してみると、どちらが瀕死なのかわからない。けがとはいってもヒト達のように血を流したり貫かれた後に内部構造が見えているわけではない。ただ空虚な穴があるのみ。ただかなりの大きな穴なので修復するとしても時間がかかるだろう。
　私達の生命はだいたいが刻印の存在でまかなわれている。刻印がなくなるとそこで生命維持活動はストップ。しかし、それだけではない。それではどこにほかの生命維持装置があるのかというと、君たちと同じ体の中心である。確かに刻印に比べて重要ではないとはいえ、六対四ぐらいの割で機能している。それに刻印の方は思考・能力などの精神方面、体の中心のほうは頭以外の体の筋肉・代謝などの肉体方面を担当している。ネオの場合、極端に言えば頭だけになれば、刻印はまだ破壊されていないので存在しつづける事ができるのだ。シードはこのことに思い至り、彼女の体と頭を切断しようとした。が。
「私はそんな姿になってまで存在したくはない！」
　ネオの一喝。だから彼も私も、そのほか誰も彼女に対して何もしてやる事ができなかった。そしてネオは眼を閉じる…刻印は鈍く輝きネオの額から零れ落ちる。私はそれを拾った。ティアーズのときのように私の体内に入り込む事はなかった。シードがそれを覗き込むと、何かを訴えるかのように一瞬だけ光って彼の手の中に飛び込み消えた。
「ネオ…？」
　彼は手のひらを握り締めて何かを確信したようにうなずくと言った。
「さあいこう！もう時間がない」
「そうだな。もうヒリエッタがやってくる事はないんだから、落ち着いて行こう。まだ時間はある」
　ウーディーがつぶやいた。でもまだ落ち着いて行くには早すぎたのだった。

　兵輸送用の巨大ヘリがとめてあるヘリポートへ行ったのだが。
「……全部壊されている…」
「畜生、ヒリエッタのやつだな！」
「彼女は私達がどこに向かっているのかを知っていたんだな。だからこれを壊して行ったんだ。もしも自分達が返り討ちにあっても、私達をここから移動させないように」
　吐き捨てるように私は言った。
「さすがに侮れないな、あのヒトは…」
「そんなのんきな事を言っている場合じゃないだろピナス、どうするんだよここから」
　私はどうする事もできなかったが、ふとある事に思い至った。
「フィリカ草でもって、ウェイに連絡を取ろう」
　私はなぜか持ってきていた草の束を引っ張り出した。
「でもそれはいつも連絡が取れるわけではないだろう？で、連絡が取れなかったらどうするつもり？」
　クラウドの心配はもっともだったが、私はやっとこの草の秘密がわかりかけてきていた。
「大丈夫だ。この草は、私の推測なんだが、持っている人の能力を格段に増大させる事ができるんだ」
「つまり俺が持ったら、結界能力がもっと強くなるということか…」
「そうだ。だからネットを通さずにティアーズは私達に話しかけてきたんだよ。今なら私が彼女の力を受け継いでいるから…」
「ちょっとまって。もしそうなら、わざわざウェイに連絡なんてとんなくてのいいんじゃないの～？クラウドの能力を増大させたら手っ取り早いと思うよ」
　グロウの申し出に私は一本取られてしまった。彼女も長距離移動の能力の持ち主だ。ウェイほど多くの人は運べないが、彼女の能力を増大させれば…
「うんわかった。やってみる。ピナス、それ貸して」
　クラウドにフィリカ草を渡す時に気がついた事があった。その花のうち一つが、薄い赤に染まっている事に。どうやらそれはクラウドも気づいたらしく私と目が合った時に一瞬微笑んだ。
「さーて、ちょっくらいきますか…」
　おどけた口調とは裏腹に彼女の目は真剣そのものだった。無理もない。彼女にとってこれだけの大人数を移動させることは、生み出されて初めての事だったから。
「少し心配だからみんな手助けしてね。これから行く場所の事を、声に出しても出さなくてもいいから私に言ってちょうだい。そうしたら、みんなの気持ちが力になる」
　だから私達は祈った。声に出す者もいれば出さない者もいる。でも同じことを願った。ドグ台地へ。ウェイの愛する、最後の楽園へ！
　クラウドの体から今までに無いほどの気があふれると、それは私達を漏らさず包み込んだ。
「行くよ、覚悟はいい！？」
　その言葉が終わらぬうちに私達の体は亜空間の中にいた。彼女の方を見るとかなり苦しそうだった。しかし彼女の後ろにはシードが立っていた。彼は彼女の体を回復していた。見る間に彼女の顔は落ち着いたものになっていき、そして精神集中に専念していた。落ちついたクラウドを見るとシードは回復の手を休めたが、それでも安心はしきっていないようだった。きっと彼も私と同じようにネオの力を受け継いだのだろう。が、彼の様子はおかしかった。いつもより疲労の割がひどいようなのだ。声をかけようと思ったとき、私達は念願のドグ台地へついたのだった。
「ウェイは？」
「きっと俺達がヘリで来ると思ってるだろうから、まだ来ているかどうかわかってないんだと思うよ」
「おーいピナス、今度こそウェイを呼んでくれ」
「わかった」
　シードの様子が気になったが私は仲間にせかされたのでウェイと連絡を取った。やがてウェイがやってくると私達はちょっとの間話し合った。そしてゲーヘルをとめるために私達はそこから移動して行った。