十一
　それまで『予言の書』の前半は、後半に出てくる月の魔物の示唆をしているのではないかといわれてきた。シリアが先に後半を完全に解読したので、それは確実であるとされたのだが、実際はそうではなかった。

「シリア。お前が持ってきたあの石な、前にクロットフィーナさんが先輩のところに持ってきたものと、お前のペンダントと一緒だった。それで、すごい事がわかったんだ。一つだけだったら何も変化が無いけど同じものを合わせると境目がぴったりくっつくんだよ。しかもその境界は消えてしまう。なんてことだ…あんなものがこの世界に存在するなんて。実際に見ていてもまだ信じられない。もっともっとあの石について調べたいな」
「実はあの石は、人間の意志の力が作り出したの。ただ、私は本当に人間が作ったんじゃないと思ってるけど。私としてはもっともっと進んだ科学力があったんじゃないかと思うのよ。今では想像もできないような…」
「俺は化学屋だから詳しくはわかんねぇけどそんな事は聞いたことがあるな。まさかお前がそんな仮定を持ってるとは知らなかった」
「ねトミー、もっとすごい事、教えてあげる。あの石は世界各国にあるの。各発掘所からあなたのところに送ってもらえるように手配しといたから、がんばってこの仕組みを解明してね♪」
「な・・なんだって！？よーし。やる気が出てきた。さんきゅうシリア、俺、やってみるよ」

『我はこの者達の監視。これらの囚人達の本性が現れる夜に、姿を変え、形を変え、色を変え、未来永劫監視する者なり。我は囚人達に制裁を与える唯一の存在である。その罰は囚人達に伝播し消える事のない罪を刻みつづけるであろう』

　予言書は語る。遥か昔、現在の人類の祖先は、遺伝子操作、あるいはまったく新しい方法で生み出された。生み出したのは現在では『月』と呼ばれる存在。つまり、月は生命として書かれているのだ。
　思いのほか知能の高かったこの被造物は、自分達の立場に不満を感じて創造者に対し反乱を企てた。夜になると創造者たちは眠りにつく。その隙をついて被造物たちは作戦を立てていった。

「頼まれてた表ができたよ」
「サンキュー。これでいちいちメモを探し回らなくて済むから、大分はかどる。リテがいてくれて、本当に助かるわ。みんなが『私とリテを足して二で割るとちょうどいい』なんて言ってるけど、本当にそうかも」
「まあね。そうかもね。でも私、あなたに頼まれごとをされるたびに、結構勉強になってるのよ。だって、いろんな文献から課題が出されてるもの。それにしてもメモだけで、ずいぶん進んだわね。一体何が書かれているの？」
「それは…」

『我らが星は三日間の振動を共にし大多数の同胞は消えゆく。しかし生き残りしわれらの同胞はありとあらゆる方法をめぐらし囚人達を捕らえた。だが、残された傷はあまりにも大きい』

　捕らえられた人類の先祖達は流刑に処される。しかも、生み出された星からの追放。すなわち彼らは宇宙の放浪者となったのだ。再び戻ってくる事が無いように、擬似生命体の監視をつけて。永い永い時間を放浪した結果、どうにか住める星を探し出しそこに定住した。宇宙の片隅の、小さな星。元の星に帰ることもままならない。そして監視も、その星を監視すべく『月』へと変化した。

「おーい。何でそんなにバタバタしてんだぁ？」
「何って…仕事に決まってんじゃない。ようやく進んでるんだから、解読。あんたこそなんでこんなところにいるのよ？例の爆弾作りは？」
「いや…研究所が無いから…いや仮の研究所はあるんだけど、それだけだったらたいしたことができないんだよな。だからひまでひまで困ってんだ」
「そんなこと言ったって、私にどうしろって言うのさ。それに研究所が無いのは自業自得でしょ」
「それを言われると耳が痛い」
「私は忙しいからトミーのとこにでもいっといたら？」
「あいつなんだか今忙しいって、さっき断られてきた」
「じゃあエンケフィ女史の所に行ったら？」
「おい…嫌がらせか…？こらシリア、笑いながら去って行くな。ちょっと待て…」

『我に寿命なし。ただ監視するのみ』

　なぜ監視者が月になったのか。囚人達がなぜ囚人になったのかを考えたらわかるだろう。彼らは夜に作戦を立てると思ったのだ。そしてそれは間違っていなかった。幾度も監視者と彼らのあいだでいざかいが起こった。いつの日にかもとの星に帰ったときの事を思い、監視者はいつまでも劣化しない、また復元可能である材質に刻み込んだ。彼らの罪、課せられた償い、そして永劫に続く地獄を。監視者を作り出した存在に報告をするため。

「つまり我々は、囚人の子孫である、という事か」
「そうなりますね。…先生、私はこの結果を発表したくありません。あまりにも、現在の私達にとってはつらい事実です」
　哀しそうに報告をするシリア。コルグはそんな彼女を見つめる。
「うむ…私もそう思う。政府に掛け合ってみるよ」
「ありがとうございます。それから、アセフ遺跡であとから発見された石の、本体部分の石版が見つかりましたよね。それなんですが、あの内容は『ここは神殿…』と言った内容でした。あれは監視者を崇めるためのもののようです。どうやら石版自身はほかのものが上から塗りつけられた痕があるんです。恐らく自分たちの罪に耐えられなかったのでしょう」
「人間なんてそんな物だ。何か都合の悪いものを見えなくしてしまうとそれでお終い。すぐに忘れてしまう」
「本当に……あと『時がいたれば　我もまた…』とあるのですが、その後の石版が無いので理解できませんでした」
「そうか。いやマッカード君、長い間ご苦労だった。大変だったろう」
「いえ。これは仕事ですから。それに内容はともかく楽しい仕事でしたよ」
　部屋を辞して建物の外に出る。本格的に解読にかかり始めたのは春だった。そして今はもう冬間近の、かなり寒い時期だった。空は冬特有の高さを保っている。
「やっと終わった…」
「おーいシリアぁ」
「あっ、リテ…ここだよ」
　駆け寄ってくる彼女に手を振った。
「どした？そんなにあわてて」
「あなたを探してたの。今日はあなたの仕事が終わったパーティよ」
「ほっほう…で、どこですんの？」
「もちろんあなたの部屋よ。ジェイ君とも話はついてるから」
　なんとなく嫌な予感が背中を走る。
「……誰が来るのさ」
「アセフに行ったときのメンバー」
　嫌な顔をするシリア。フロストはともかく、カルサートもトミーも酒に弱い上に酒乱である。部屋を破壊されはしないかと危惧するのも当たり前の事だろう。
「そんなに嫌な顔をしないでよ。じゃあ六時に行くから待っててね」
「ハイハイ、待ってるよ」
　来たときと同じように走り去って行くリテ。その背中を見送りシリアはゆっくり風の中を歩いて行った。
「『時が至れば…』か…監視も自由になれるのかな…もしかしたら！」
　監視者は生物で、人格がある。ジェイは月の魔物の人格だった。監視者は月の魔物として囚人達に制裁を与えつづけてきたのではないか。自分達の罪を思い出させるために。監視者と出会う事のできた囚人は心の中にある負の部分をさらけだした。自分が犯した罪を生涯忘れないようにするため。しかしそれを果たす事ができたのは、シリアただ一人だったが。彼女は考えをまとめてみたが、もう役には立たないのでやめにした。
　いつになくシリアの部屋は騒がしかった。居間の中央では完全に酔っ払ったカルサートとトミーが、なにか歌らしきものを叫び、踊りまくっていた。
「シリアー、次の歌はお前のために歌うぞー」
　と、トミーが言えば、
「俺なんか踊っちゃうもんね〜みてみて♪」
　と、カルサートが付け足す。リテはフロストの隣に座って彼と共に手をたたいている。めまいを起こしそうになったシリアは夜風に当たりたくなり、ベランダから彼らの様子を見ていた。
「あれ、姉ちゃん、どうしたの？」
　屈託なく笑うジェイが彼女の隣に来た。
「ん…ちょっと熱くなっちゃたから。そうだジェイ…」
　君は、本当は何もかも知っていたんじゃない？……聞こうと思ったがやめた。それこそなんの意味も持たないからだ。怪訝そうな顔をする彼に、なんでもないと微笑みかける。
「…仲間がいてくれて良かったなあーって」
「そうだね。でも僕は…」
「えっ？消えちゃうの？」
「ううん。そうじゃない。ただ僕はやっぱり異質だなあって感じるんだ」
「そんなのみんなそうよ。みんな異質、というか違う存在よ。ジェイ、そうでなかったら面白くないわ。みんなまとめて仲間なの」
「仲間かあ。姉ちゃん、たまにはいいこと言う」
「たまにはって…まあ、つらい事があったら私に言いなさい。私はあなたの家になってあげる…ってちょっと恥ずかしいね」
「確かに」
　二人は笑い合い、その声は空高くすいこまれた。満月も笑ったような気がした。そう、もう月は、ジェイが人間になったそのときから監視者ではない。

「リーア先生、いつの間にミス・エンケフィに手を出したんです？」
「なに！？人聞きの悪いことを言うな！」
「いやあ・・でも、ねぇリテ」
　からかうシリアの隣ではリテがうんうんとうなずいている。国家考古学研究室一の頑固者と言われているコルグも、この二人にかかればかたなしだった。上司をからかえるだけからかった後、二人は部屋を出て式場へと向かった。そこには男性がたくさんつめている。
「うあ…暑苦しい…これ全部、ミス・エンケフィのファン？」
「そうみたいね。あ、カルサート君」
「トミーも」
　男性陣のあいだでうなだれているカルサートと、困った顔をして隣にいるトミー。
「どうにかしてくれよこいつ。さっきからこんな調子なんだ」
「どうにもなんないからここに捨てて行こう」
「それいいな」
「おいお前ら、俺をなんだと思ってるんだ…」
「あ、聞こえてた？」
　そんな事を言いながら、式は概ね滞りなく終わった。途中で親衛隊なるものが乱入して来たりしたが。
　庭に出ると風が冷たい。なんでこんな季節にしたかというと、二人がであった季節だからだそうだ。寒さに震えながら待っていると、二人が出てきた。
「いいなあ、結婚か…あたしたちもそろそろよね」
「リテはいいじゃない、きっとヴィンダース先輩から申し込まれるよ」
「シリアの方は？」
「私？相変わらず。それに結婚願望はないのよ。加えて今はそれどころじゃない。そんなひまも与えてくれないわ。これが終わったらまた発掘」
「あらら、もう仕事か」
　周りが騒がしくなる。リムラがブーケを投げたのだ。それは二人の方に飛んできて…リテが手にしたのだった。それを見届けるとシリアはその場から去って行く。
「なるようにしかならない。つまり、どうにかはなるってことよね」
『その通り！』
　独り言のつもりで言った言葉に合いの手が入ったので、びっくりして周りを見回すとカルサートとトミーが立っていた。
「何、あんた達」
「いや…」
「なんとなく、お前を待ってた、ような気が、しないでもない」
「何言ってるんだ、カルス。あのなシリア、俺達しばらくお前にくっついて行く事にした」
「はあ！？」
　目を丸くしたシリアにカルサートが説明する。
「俺は仕事をやめたんだ。ちょっと軍と揉め事が起きたけど、それもどうにかなったし。そんでもって今プーだ。だからお前の邪魔をしについていこうかと。トミーはなんか資料集めに行くからって…」
「そう。お前から頼まれた例の石が、ほかにもあると思うからな。待ってるよりお前について行った方が早く集められると思ったから」
　あきれてものも言えないシリア。トミーはともかくカルサートの理由と言ったら…
「ちょっと……トミーはまだわかるわよ。でもカルス、なんであんたの暇つぶしの相手にならないといけないの？」
「お前といたら、退屈しない人生になるから」
　即答した彼にめまいを覚える。黙っている彼女をよそに男共は彼女の車に乗り込んだ。
「おーい。出かけるんじゃなかったのかあ？」
「あんまり飛ばすなよ〜」
　深い深いため息をついたシリアは、半ばあきらめた気持ちで車に乗り込む。
「…消耗品としてこき使ってあげる。覚悟しなさい」
「そりゃないよ」
「俺もか？俺は自分の仕事…」
「うるさあーい！嫌なら降りろ！」
「わあ、前を見ろ前」
「シリアにハンドルを持たすなぁ！！」